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自己血輸血 - Wikipedia

自己血輸血

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

自己血輸血(じこけつゆけつ,autologous blood transfusion)とは、手術を受ける患者自身の血液輸血に用いる治療法である。

医療情報に関する注意:ご自身の健康問題に関しては、専門の医療機関に相談してください。免責事項もお読みください。

目次

[編集] 概要

手術が予定されている患者の血液を予め採血しておくか術中に出血した血液を回収して輸血するという治療法。患者自身の血液を用いるため、感染免疫反応(MCTD)などの輸血に伴う副作用を回避できるというメリットがある。

[編集] 種類

自己血輸血の方法は、大きく4つに分類される。

[編集] 術前貯血式

 出血がある程度予測できる手術で術前に患者自身の血液を採取し、術後に輸血する方法。採取した血液は4℃で保存しておく。採血した後は鉄剤やエリスロポエチンを投与し、造血を促進させておく。詳細を以下に述べる。

 採血してから本人に貯血した血液を返すまでの手続きを貯血式自己血輸血という。以下に採血の手順、保管に関する諸問題、自己血輸血の際の注意点などを述べる。
 採血に関しては単純に採血していく方法のほかに、過去に採血したものをいったん戻し輸血して、それより400ml多くの採血をしていく方法などがあり、その際も細かな手技上の違いがあるが、血液センターが供給する同種血の安全性が高くなった今日、3回の採血を超えて、特殊な手技で採血することは今日一般には行われなくなった。即ち、貯血式自己血輸血は1200mlが上限だと考えておいて良いだろう。これには、保存される血液製剤が低温でも増殖するバクテリア(エルシニア等)に汚染される事を防ぐためである。
 採血前から貧血がある場合の自己血貯血の分量と限界は医療施設ごとに貯血に割くことのできる人員の数と熟練度などによって異なってくる。貧血の際には貯血の一週間前からエリスロポエチン製剤を使うことが可能で、貧血が認められない場合には最初の採血の後に投与する。鉄剤は経口的に投与する方法もあるが、筆者は経静脈的な投与を好む。消化管症状を避けることが出来るからである。体内の鉄が不足していると、エリスロポエチン製剤の効果は半減する。
 採血方法としては、皮膚表面の汚れをアルコール面などで清拭して、ポピドンヨードで消毒、ハイポアルコールでポピドンヨードを脱色した後、採血用針を血管内に穿刺して採血する。自己血輸血用の採血は、ボランティアからの採血の際のような手馴れた職員ではなく、不定期に採血に借り出される病院職員であることもまれではないので、採血の際の失敗なども散見される。院内のマニュアルなどで、二度刺しは禁止するなど採血に伴う血液の汚染を避けるように細心の注意が必要である。

 採血した血液の貯蔵の際に他人の血とすりかえられるようなことがないような管理体制も必要であろう。そのために、血液バッグにラベルがはがれた時の用心に直接患者名、採血日などを記入しておき、さらに必要事項を記入したラベルを貼付するなどの注意も要求される。保管は全血で保管するか、濃厚赤血球と血漿に分離して保管するかで、自己血を輸血する際のそのやり方と、効果に差が生じる。全血で保管する場合は、血液中の凝固因子、血小板などは生物活性がなくなるので、酸素運搬能を補強、補充するという目的で使うことになる。一方、血球と血漿に分離すると、出血の比較的早期に赤血球の輸血によって酸素運搬能の補強、補充を行い、外科的出血がコントロールできたあたりで血漿を輸血することにより、止血機能を補充するといった、同種血輸血の場合と同じ使い方が出来るので、容量の過負荷になることを心配する必要が減じる。
 全血で保存する場合は4℃、分離して保存する場合は赤血球製剤を4℃、血漿を零下20℃以下で保存することになり、これも血液センターが供給する製剤と同一の保存方法になる。それらの製剤の使用に当たって、急激な加温を避けるといった注意点もセンター血と同様である。

 輸血の際の注意点としては、一般のセンター血の場合と同様であるが、輸血を開始する前にバッグの中の溶血の有無などを仔細に観察して、安全性を確認しておくことがセンター血以上に要求される。血液製剤の製造の素人が採血して保存する訳であり、汚染の可能性に対する注意は払いすぎることがない。

 自己血の貯蔵に関して、今までに述べた方法とは違う方法がある。それは赤血球の凍結保存である。これは各医療施設で簡単に出来る方法ではなく、血液センターに依頼することになるが、長期にわたる保存が可能であり、したがって、相当量を貯蔵できるというメリットもある。なおその際、当然だが、凍結血漿も保存できる。凍結赤血球を解凍した後の寿命は短いので、その利用は計画的に行う必要がある。

[編集] 術前希釈式

全身麻酔後に血液を採取し、喪失分を代用血漿で補う。そして術後に採取しておいた血液を輸血する方法。代用血漿で血液を希釈することで、赤血球の喪失を軽減する。

希釈式自己血輸血は近年ではどちらかというとマニアックな方法とされ、実施している施設の数が減少している。これには希釈にかかわるべき(関心を有する)麻酔科医の数が減少していること、血液を希釈する過程の生理学的変化への臨床医としての興味が消失しつつあること、センター血の安全性が飛躍的に高まったことなどが原因として考えられるが、有効性の不確かさも関係していると思われる。

その方法としては、大きく分けてisovolemic hemodilutionhypervolemic hemodilutionとがあり、前者が煩雑、後者は効果が薄いといってよい。以下にその方法を詳述する。

Isovolemic Hemodilution:手術室に入室した患者の比較的太い静脈に16G~18Gのラインを確保し、そこから採血する。点滴の回路の途中に三方活栓を置き、流路を切り替えながら、採血を繰り返すが、その際に別のラインからHESなどの代用血漿を投与する。採血両は800ml程度が一般的であるが、1200ml、1600mlといった報告も散見され、状況によっては400mlというものもある。大量の血液を採血(=脱血)するのであれば、心臓への前負荷のモニタリング(CVPのモニタリング)を行うほうが安全であろう。

本邦のデータでは、安静時の成人の酸素消費量は毎分200ml程度(定常状態で)なので、心臓からの血液がそれより多い酸素を運搬できるように考えておかなければならない。具体的には、正常な状態では心臓からの血液の拍出量が4L/min程度であり、酸素含量が18ml/dlであるので、毎分700ml程度の酸素が全身に運ばれ、500ml程度が使われないままに心臓に帰ってくることになる。

動脈血中の酸素の75%前後が使われないまま心臓に帰ってくることには理由がある。毛細血管から細胞への酸素の移行は圧較差による拡散であるが、毛細血管を出たあたりでの酸素分圧は静脈血の酸素分圧とほぼ等しい40mmHg程度である。それが細胞内のミトコンドリアに届く頃には4mmHg程度になっている。静脈血の酸素分圧が仮に20mmHgになったとすれば、ミトコンドリアでの酸素分圧が2mmHg程度になり、細胞が酸素を受け取り、好気的な代謝によってATPを作るうえで不都合な事態となる。静脈血の酸素分圧はある程度の値を維持する必要があると考えるべきであろう。

チアノーゼ性の先天性心疾患などで、生後数年を経ると患者の毛細血管密度が上昇し、血管から細胞までの距離が短くなり、かつヘモグロビン濃度が上がり、心臓内での右左シャントによる動脈血酸素分圧の低下を代償する。これはファロー四徴症などの手術に際して、皮膚切開などで大量の出血を見ることなどからも上述した代償が行われていることが裏付けられる。

つまり、全身の細胞が生存し、生体としての機能を果たすべく共同行動をとっているという事実の背景にある数多くの因子のうちどれかを変えると他の多くの因子がそれに関連して変化し、生体の恒常性の維持のために立ち働いている。そのダイナミズムの一端を観察できるのは臨床医として興味深いものがある。

さて、血液を希釈すると血液中の酸素含量が低下する。このことは酸素含量が以下の式で表されることからも覗える。

Cnt O2=1.34 x SaO2 x Hb + 0.003 x PaO2 (ml/dl血液)

此処で、Cnt O2とはO2 CONTENTのこと、SaO2は完全に飽和した状態を1、PaO2の単位はmmHg、Hbはg/dlである。此処でHbが半分になったとしよう。全身への酸素供給を維持するためには心臓からの血液の拍出を倍にするか、静脈血の酸素飽和度が半分になって、単位体積の血液が全身に供給する酸素の量(=酸素抽出)を倍にするという方策を採ることになるが、酸素抽出を倍にすると、先に述べた理由で細胞呼吸が損なわれる可能性があり、心拍出量増加で初期には対応せざるを得ない。

余談であるが、患者から採血して輸液をしなかった場合は貧血にはならないで出血性ショックの様相を示すようになる。生体の間質や細胞から水分が血管内に移行するには時間がかかり、採血量がある程度以上だと心拍出量が低下して患者は急速に循環不全になっていくからだ。

血液を希釈した場合、心拍出量が増加することで代償すると述べたが、ヘモグロビンの酸素乖離曲線が右方移動することにより、同一の酸素分圧の時の酸素飽和度が低下することで、酸素抽出を容易にするような機序が少し遅れて働くので、心臓の負担はやがてそれほど大きいものではなくなる。即ち心拍出量は採血前の1.2倍とか1.4倍程度で全身の酸素需要量をまかなえるようになる。

生体のそうした適応などのおかげもあって、適正な輸液量を維持すれば採血によってHb値がある程度まで低下しても人は生存しうる。その限界は心臓疾患などがない場合、4g/dl程度と言われているが、筆者もエホバの証人の要求に合わせて輸血をせずにHb値が3.6g/dlあたりまで経過観察したことがあるが、鉄剤の投与などで特別なエピソード無しで退院にこぎつけることが出来た。

数時間単位の貧血に対してであれば、もっと極端な希釈にも耐えられると思われるが、不必要に限界に挑戦するようなことはすべきではない。これは血液が入手不可能な場合に、輸液と酸素だけで何とか乗り切るという局面であきらめないための知識に留めておくべきであろう。

この希釈式自己血輸血が有効であるための前提条件は血液が希釈されても手術時の出血量が増えない、少なくとも希釈分を超えて増加しないということであるが、この点に関してはあまり有効だという報告を見ない。ただし、希釈によって、手術中の麻酔管理をしている担当者が貧血になれて、輸血のトリガーポイントがより重篤な貧血のほうに移動するというメリットがあり、希釈式自己血輸血によって同種血輸血の頻度が低下したとする報告にはそうした効果があることも知っておくべきだろう。

Hypervolemic hemodilution:Hypervolemic hemodilutionでは患者の血液を体外に採血して貯蔵する代わりに、血管を何らかの手段で拡張させて(薬物、もしくは硬膜外麻酔)大量の輸液によって血液を希釈するものである。その効果はIsovolemic Hemodilutionよりもさらに薄く、四肢末梢に顕著に見られる浮腫もより強く現れる。アルブミンなどを使えば、浮腫を避けることは出来るが、アルブミンは血液製剤の一つであり、厳密には同種血輸血を回避する目的で行われる希釈式自己血輸血の趣旨に反する。

Hypervolemic Hemodilutionでは左心不全による肺水腫を予防するために、βアゴニストの投与、PEEPなどを念頭においておく必要もある。術者との折り合いが付けば手術中でも軽くヘッドアップポジションにするなどの手もある。

自身の血液が連続性をなくし、体外に隔離貯蔵されることを嫌う人たち(エホバの証人の信者など)に対しては採血用のラインから採血した血液をラインにつないだまま残して、手術中の管理をするという方法もあり、希釈式自己血輸血の一種である。これは一見煩瑣ではあるが、実際にやってみるとそれほどのことはなく、またHypervolemic hemodilutionのように肺水腫への備えなどを考える必要もないので、要求があれば実施してみるということも考えてよいのではないだろうか。

[編集] 術中回収式

術中に出血した血液を吸引管を通して回収し、生理食塩水で赤血球を洗浄して患者に戻す方法。出血量の多い手術で行われる。

[編集] 術後回収式

術後に出血した血液を使用するほかは術中回収式と同様である。

[編集] 注意点

術前貯血式は手術の1ヶ月ほど前から採血しておく必要があるため、緊急手術では用いることはできない。また、血液の保存期間にも限度があるため、手術の予定日が確実にわかっていなければならない。

[編集] その他

古典的なドーピング手法として、一定期間の間に血液を採取した後、赤血球だけを分離。競技前に自己血輸血を行い、一時的に心肺能力を高める手法がある。大規模な設備を必要とするため、他者にわかってしまう可能性が高く、現在ではほとんど使用されていない。同じ目的であればエリスロポエチンが使用されることが多い。

[編集] 関連項目

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