舛田圭太
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舛田 圭太(ますだ けいた、1979年2月27日 - )は、日本の実業団バドミントン選手。所属はトナミ運輸バドミントン部。石川県出身。
[編集] 概要
金沢市立工業高等学校時代は1995年のインターハイ男子シングルスで全国大会初優勝(翌年も優勝し二連覇)。また同年の全日本総合選手権大会で、高校生として史上初めて男子シングルス決勝に進み、注目を集める。2年後の同大会で再度準優勝し、翌年1998年、ついに初優勝。さらに男子ダブルスも制し、二冠を達成する。男子シングルスは2002年まで五連覇(史上2人目)。2002年にはジャパンオープンで3位入賞という20年ぶりの快挙を成し遂げた。2000年のシドニー五輪に男子シングルス、2004年のアテネオリンピックに男子ダブルスで日本代表として出場した。現在はダブルスに専念している。妹の舛田恵も実業団選手としてプレーしていた。
[編集] プレースタイル
時速300キロ(初速)を超えるスマッシュが最大の武器。高校時代は上がってきたシャトルは、ほぼ全力でスマッシュを打っていた為、攻撃力はあったが体力切れを起こすことが多く、調子の波が激しかった。しかし、日本体育大学時代に始めたダブルスでレシーブが強化され、本人曰く『ダブルス的シングルス』というスタイルを身に付ける。ダブルスでは、主に後衛からの攻撃を得意としている為、その豪快なスマッシュにばかり目がいきがちだが、相手の配球を読む勘や巧みなネット前の技術は年齢を重ねるに連れて円熟味を増し、スマッシュにも劣らない彼の武器になっている。
[編集] 経歴
インターハイ
- 男子単 1995年~1996年 2連覇
インカレ
- 男子単 1998年~1999年 2連覇
- 男子複 1998年~2000年 3連覇
全日本総合
- 男子単 1998年~2002年 5連覇
- 男子複 優勝5回
全日本社会人
- 男子複 優勝2回
トマス杯(国別対抗世界選手権)日本代表 団体ベスト8