釜山市電
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釜山市電(ぷさんしでん)では、大韓民国(韓国)の釜山広域市に存在した市電(路面電車)について記す。なお、市営になったのは末期だけで、戦前から戦後しばらくは電力会社の経営であった。
[編集] 概要
釜山市の市電は、元々東莱温泉への当時客の輸送を目的として、1909年に釜山鎮から東莱温泉までの間を開業させていた軽便鉄道の釜山軌道を、電力・ガス会社の韓国瓦斯電気(後に朝鮮瓦斯電気と改称)が買収して、改軌・電化を行った事により始まった。
計画は1911年に始まり、1915年より順次営業を開始、その後は環状線の建設等もなされ、市民の足として約17.7km(11マイル)の路線網を有するに至った。1937年には朝鮮南部の電力会社が統合され、南鮮合同電気となった。
太平洋戦争後、日本人が引き上げて電車の運行は韓国人の手に移るが、おりしも資材不足と整備不良で電車の稼働率は徐々に低下した。これを都市交通の破壊と危惧した米国は、ロサンゼルスの路面電車車両が路線の一部廃止で不要となっていることを利用し、援助と言う形でそれを運び込んだ。1963年には、富士車輌の電車も新規導入されている。
しかし、設備の老朽化もあって1950年代に一部の路線を廃止した。その他の路線は複線化も行うなど乗客増になっていたが、道路使用料の市への支払いが大きな負担になっていたこともあって、運営を市に移管する事になる。その後はモータリゼーションの発達に飲み込まれ、結局は1968年5月20日限りで全廃となった。同年にはソウル特別市からも路面電車が廃止され、韓国における路面電車の歴史はここに途絶えた。
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