戦後
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戦後(せんご)とは、戦争の終結後の短期または長期的な期間をさす。現在の日本では、第二次世界大戦 (太平洋戦争)後の意味で用いられることが多い。
戦争では多くの破壊が行なわれるため、戦争が終結した後は、社会体制などが新しく作り直され、価値観まで変化する。このため、大きな戦争を一つの時代の区切りとして、戦前・戦後という呼び方をする。
1956年の経済企画庁による「経済白書」で「もはや戦後ではない」という言葉が使われ、流行語になった。しかしながら現在においてはこの短期的な戦後の定義を念頭に置いた発言がされることはなく、1945年8月のポツダム宣言受諾を受けた玉音放送以降、現在に至るまでの昭和並びに平成の時期を総称して戦後という言い方が一般的である。
戦後という時代の呼称が日本中で未だに一般的に認知されていることは、それ以降大規模な国際摩擦に日本が直接直面してはいないと一般に認知されている事実と相関関係があると考えられる。
また、アメリカ合衆国では日常的に戦前・戦後と言う言葉を使用していない。これはベトナム戦争を始めアメリカが多くの戦争に参加しており、戦前・戦後ではそれがどの戦争を指す言葉か分からないからである。
各国ごとに、または各民族ごとに、「あの戦争」という言葉がどのような意味を持つかについてであるが、日本やアメリカ合衆国以外にも多々事例があることは追記しておく。
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[編集] 京都の例
太平洋戦争ではほとんど戦災による焼失を受けなかった京都では応仁の乱や鳥羽伏見の戦いの後を指す場合がある。これは、なによりも京都がきわめて歴史の古い町である事をいい表す用法である。
[編集] 会津地方の例
福島県会津地方では戊辰戦争の後を指す場合がある。「先の大戦」という言い方もされる。特に会津藩の中心であった会津若松市の年配の人の間でこの用例を使う人が多い。これは戊辰戦争で幕府側に付いた会津藩(白虎隊等が有名)が結果的に賊軍とされたことに端を発していると思われる。
以上京都の例と、会津地方の例を挙げたが、今となってはもはや冗談の域を脱しない、笑い話となっていることにも注目すべきである。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- シリーズ・戦後60年 (2005年、西日本新聞社)