高速液体クロマトグラフィー
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高速液体クロマトグラフィー(High performance liquid chromatography、略してHPLCということが多い)はカラムクロマトグラフィーの一種であり、機械的に高圧をかけた液体によって分析物をカラムに通し、これにより各物質が固定相に留まる時間を短くして分離・検出能力を高くすることを特長とする。 現在では分析物の注入から検出・定量までを一体化して自動的に行えるようにした装置を用いて、再現性の高い分析が比較的簡便に行える。分析化学や生化学で頻繁に用いられ、俗に「液クロ」(液体クロマトグラフィーの略)といえばこれを指すことが多い。
高速液体クロマトグラフィーにおいては各物質は比較的鋭いピークとして検出され、分離(他の物質のピークと明確に分けられる)および検出(鋭いピークにより高い感度が得られる)の能力が従来の液体クロマトグラフィーより良くなる。
移動相としては混じり合う液体なら、カラムや装置に悪影響を与えない範囲で各種のものが使用される(水や塩類の水溶液、アルコール、アセトニトリル、ジクロロメタンなどの有機溶媒)。溶媒の組成に勾配を付けて(すなわち組成を連続的に変えて)溶出を行うことも多い。たとえば後述の逆相クロマトグラフィーにおいて水/メタノール勾配を使う場合、まずメタノールの少ない条件で極性の高い物質が溶出し、その後メタノールの割合を増加させてゆくに従ってより極性の低い物質が順次溶出する。
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[編集] 機器構成
HPLCシステムは基本的に上流より以下の機器構成で使用される。
- ポンプ:移動相並びに試料を送液する。
- インジェクター:分析ラインに試料を注入する。手動(マニュアル)式と自動(オート)式がある。
- カラム:注入された試料を分離する。カラムを一定の温度で使用する必要がある場合、カラムオーブンを用いる。
- ディテクター(検出器):カラムで分離された試料が通過することで発生する光学的、化学的等の変化を検出し、電気信号に変換する。
- インテグレーター:ディテクターより送られた電気信号をチャートに変換し、検出された各ピークを解釈してその積分値を算出する。インテグレーターがパーソナルコンピュータに置き換えられたHPLCシステムもある。
[編集] ポンプ
HPLCの心臓部とも言える機器。極めて安定した送液が出来る構造となっている。この前には、オンラインの脱気装置が付いている場合が多い。
ポンプの圧力は、上限が40MPaほどであるが、UPLC(Ultra Performance Liquid Chromatography)と言われるシステムになると、上限が100MPaとなる。なお、UPLCはWaters Corporationの登録商標となっているため、Waters社以外の同様のシステムは、UFLC(Ultra Flow Liquid Chromatography)とも呼ばれている。まだ新しい技術のため、どちらの名称が一般的となるかは本項目の執筆時点では分からない。
構造でおおまかに分類すると以下の2種類となる。
[編集] シングルプランジャーポンプ
ポンプの押し出す部分が1つのポンプ。移動層の送液のために用いられることは少なく、蛍光検出器のための標識試薬を送液するために用いられることが多い。
[編集] ダブルプランジャーポンプ
ポンプの押し出す部分が2つのポンプ。現在はこの方式が主流となっている。さらにダブルプランジャー方式は並流と直流の2種類が有る。
使用できる分析法によって分類すると以下の3種類となる。
[編集] アイソクラテックポンプ
1種類の移動層のみを送液するポンプ。安価であるが、グラジェント分析が出来ないため、分析の幅がせまい。
[編集] 高圧グラジェントポンプ
2台以上のアイソクラテックポンプを繋ぎ、それぞれの流速をコントロールしてグラジェント分析を行う。移動層の種類ごとにポンプを用意する必要があるため、高価である。
[編集] 低圧グラジェントポンプ
ポンプは1台であるが、一般的に4つの溶媒をポンプの動きにあわせてポンプの前に付いているバルブにより切り替えてグラジェント分析を行う。ポンプにより圧力がかかる前に溶媒を混合するため、こう呼ばれている。高圧グラジェントに比べて安価ではあるが、それに比べると、溶媒の混合が甘い。
目的によって分類すると以下の2種類となる。
[編集] ナノ/マイクロフローポンプ
極微量の試料の分析に適した流量(nlまたは、μl)での送液を行う。通常は、キャピラリカラムを接続する。
[編集] 分析ポンプ
通常の分析に適した流量(0.1〜10ml位)での送液を行う。
[編集] 分取ポンプ
物質の分離精製の目的に適した流量(10ml以上)の送液を行う。この種のポンプは分析用と比べ耐圧が低い場合が多い。
[編集] インジェクター
試料を注入する部分で、手動式(マニュアルインジェクター)と自動式(オートインジェクターがある。
[編集] マニュアルインジェクター
現在市販されているマニュアルインジェクターはほとんどがレオダイン社の製品であり、レオダインがマニュアルインジェクターの代名詞となっている。 仕組みは、2種類の流路を切り替えるという極めて単純な物である。
1.ノブをロード側にし、シリンジでサンプルループ内に試料を入れる。この時にシリンジで計量していれる方法と、サンプルループからあふれる量を入れ、サンプルループにより計量する方法が有る。後者の方が人による熟練度の差がないため、再現性がよい。
2.ノブをインジェクト側に切り替え、サンプルを流路に注入する。マニュアルインジェクターに電気信号を出力する機能が付いていれば、この時にインジェクション信号を検出器または、インテグレーターに送ることが出来る。
[編集] オートインジェクター
大部分のメーカーがレオダインのマニュアルインジェクターを装置に内蔵しており、シリンジで計量し、これを切り替えて、流路に注入している。メーカーによりサンプルのハンドリング方法に工夫がされており、使用する目的に応じて選択できる。大量(数10~1000以上)のサンプルの連続分析ができるように、サンプルはウェルプレートや複数本のバイアルに入れて装置内にセットするようになっている。サンプルを保冷・保温する機能がついているものもある。
[編集] カラム
混合物で構成される試料を分離する。一般にステンレス製の筒の中に、微細な真球状の多孔質シリカゲルをアルキル基等で修飾した物を充填して用いる。分取目的であれば、粉砕シリカゲルももちいられる。 シリカゲルの直径が小さければ小さいほど分離は良くなるが、装置の圧力が高くなる。そのため、ポンプからインジェクターの耐圧を上げたり、カラム自体を比較的高温の下にさらして、溶媒の抵抗を下げる工夫をしている。
各種の高速液体クロマトグラフィーの項目にある違いは、カラムの違いである事が多いため、装置はそのままでカラムの変更で行える場合が有る。ただし、使用される溶媒の違いからカラムを破損する事があるため、切り替えを行う際には注意が必要である。
[編集] カラムオーブン
カラムを内部に収納して加熱あるいは冷却を行い、カラムの温度を制御する装置。カラムヒーターとも称する。 カラム周辺の温度が不安定な場合、溶出時間が安定せず再現性が悪くなる場合が有る。そのため、温度を一定に保つために取り付けられる。またカラム温度を分離条件のパラメーターの一つとして積極的に利用する場合も利用する。 加温することが多かったため「オーブン、ヒーター」と称されるが、現在では周辺気温より低温にするための冷却機能が付いている装置も多い。また、周辺気温付近で使用する場合にも冷却機能は一定の効果がある。
[編集] ディテクター
ディテクター(検出器)としては目的とする物質の性質に応じて光学的性質(吸光度、屈折率、蛍光)、電気化学的性質、質量分析法などを利用する装置がある。
[編集] 光学的性質を用いるもの
- 吸光度検出器 (Absorbance Detector)
- 物質の持つ特定波長の光を吸収する性質を利用した検出器。次のようなものが存在している。
- 上記2つは、一体型の物が多い。
- 蛍光検出器 (Fluorescence Detector)
- 物質にエネルギーを与える(励起)ことにより発光する(蛍光)性質を利用した検出器。一般に高感度で、物質に特異的な検出が可能。蛍光する性質を持たない物質については、その物質を標識することにより検出が可能になる。
- 屈折率検出器 (Refractive Index Detector)
- 物質の濃度により光の通過する角度が変わることを利用した検出器。この検出器の構造上、グラジェント分析はできない。また、感度が低いのが欠点だが、大部分の物質に対して使用できる。
- 蒸発光錯乱検出器 (Evaporative Light Scattering Detector)
- 移動層を蒸発させ、試料の粒子を検出する。試料の揮発性が高い場合は使用できない。
[編集] 電気化学的性質を用いるもの
- 電気化学検出器 (Electro-Chemical Detector)
- 物質の電気化学的な性質を利用した検出器。
- 導電率検出器 (Conductivity Detector)
- 物質の持つ電気の流れやすさを検出する検出器。
[編集] 質量分析法を用いるもの
詳しくは質量分析法の項目にゆだね、ここではLC-MSで使用される代表的なイオン化法と検出部を列挙するにとどめる。
- イオン化法
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- エレクトロスプレーイオン化法 (Electro-Spray Ionization, ESI)
- 大気圧化学イオン化法 (Atomospheric-Pressure-Chemical Ionization, APCI)
- 直結して使用することはできないが、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法 (Matrix Assisted Laser Desorption Ionization, MALDI) も使用できる。
- 検出部
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- 四重極型 (Quadrupole, Q)
- イオントラップ型 (Ion-Trap, IT)
- 飛行時間型 (Time-of-Flight, TOF)
[編集] インテグレーター
ディテクターから出力された、電気信号を記録し、そこからピークを検出、解釈を行う。結果は、感熱紙等に印字される。装置のコントロールをしないのであれば、どのメーカーの物を使用しても問題はないが、通常は、装置のコントロールも同時に行うため、同じメーカーの物を選択する。 現在では、PCを使用し、Windows上で動く物がほとんどである。
[編集] 各種の高速液体クロマトグラフィー
[編集] 順相 (normal phase) クロマトグラフィー
順相クロマトグラフィーは高速液体クロマトグラフィーにおいて最初に使われた。固定相に高極性のもの(例えばシリカゲル)を、移動相に低極性のもの(例えばヘキサン、酢酸エチル、クロロホルムなどの有機溶媒)を用いる。分析物はより極性の高いほどより強く固定相と相互作用して溶出が遅くなる。また極性の高い物質の割合が多い移動相ほど溶出が早くなる。順相タイプは近年の逆相タイプの発展とともに使われることが少なくなった。
[編集] 逆相 (reversed phase) クロマトグラフィー
前述した従来の順相タイプに対して、逆相クロマトグラフィーにおいては固定相に低極性のもの(例えばシリカゲルにアルキル基を共有結合させたもの)を、移動相に高極性のもの(例えば水や塩類の水溶液、アルコール、アセトニトリルなどの有機溶媒)を用いる。分析物はより極性の低いほどより強く固定相と相互作用して溶出が遅くなる。また極性の低い物質の割合が多い移動相ほど溶出が早くなる。
なお、カラムはシリカゲルに炭素鎖数18のオクタデシル基を結合させた「オクタデシル・シリカ」すなわち「ODSカラム」が最も広範に用いられる。
[編集] 分子ふるい (size exclusion) クロマトグラフィー
分子ふるいクロマトグラフィーはゲルろ過クロマトグラフィーとも呼ばれ、分析物をそのサイズにより分離する。サイズの小さい分析物ほど固定相であるゲルに「引っかかり」溶出が遅くなる。
[編集] イオン交換 (ion exchange) クロマトグラフィー
イオン交換クロマトグラフィーでは、無機イオンや高極性分子を電荷を利用して分離する。陽イオンタイプと陰イオンタイプの両方がある。
[編集] HPLCカラム
高速液体クロマトグラフィーの装置において分離を行う場であり、消耗部品である。一般的には、微細な(数μm)真球状の多孔質シリカゲルをステンレス製の管に充填したものが多い。目的、分離手法に応じて様々なタイプのHPLCカラムが存在する。下記に代表的なカラムメーカーを列記する(注:Wikipediaに項目の存在するもののみ)。
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