アメリカン・ニューシネマ
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アメリカン・ニューシネマとは、1960年代後半 - 70年代にかけてアメリカで製作された、反体制的な人間(主に若者)の心情を綴った映画作品群を指す。英語では”New Hollywood”がこれを指す。
1967年12月8日付けの「タイム」誌は、『俺たちに明日はない』を大特集し、派手な見出し「ニューシネマ 暴力…セックス…芸術! 自由に目覚めたハリウッド映画」という記事の中で新しい米国映画の動向をレポートした。
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[編集] ニューシネマの誕生とその特徴
1940年代までの黄金時代のハリウッド映画は、「観客に夢と希望を与える」ことに主眼が置かれ、英雄の一大叙事詩や、夢のような恋物語が主流でありハッピー・エンドが多くを占めていた。1950年代以降、スタジオ・システムの崩壊やテレビの影響などによりハリウッドは制作本数も産業としての規模も凋落の一途を辿り、また「赤狩り」が残した爪痕などにより黄金時代には考えられなかった暗いムードをもった作品も少なからず現れたものの、基調としては1960年代後半まではかつてのハリウッドのイメージを踏襲していたと言えよう。
一方、ヨーロッパにおいては1950年代末期からヌーヴェルヴァーグを起点とする新しい映画の流れが勃興しつつあった。ニュー・ジャーマン・シネマ、チェコ・ヌーヴェルヴァーグなどがその代表であり、いずれも若い監督による新しい感覚や手法を特徴とするものであり、実存主義を始めとする当時の哲学潮流がその背景の一つにあると言われることもある。しかし、凋落したとは言っても世界一の映画大国であったアメリカにはこの流れが同時かつ直接に及ぶことはなく、ヨーロッパからの移民であったジョナス・メカスらが興した東海岸のニュー・アメリカン・シネマがヌーヴェルヴァーグと同質的な運動を小規模に繰り広げたに過ぎなかった。それは、アメリカ、少なくとも西海岸のハリウッドにおいては映画とは第一義的には娯楽作品であったことや、国民が明るく良心的なアメリカを信頼しているという心情が依然生き続けていたことによると思われる。
しかし、ヴェトナム戦争への軍事的介入を目の当たりにすることで、国民の自国への信頼感は音を立てて崩れた。以来、懐疑的になった国民は、アメリカの内包していた暗い矛盾点(若者の無気力化・無軌道化、人種差別、ドラッグ、エスカレートしていく暴力性など)にも目を向けることになる。そして、それを招いた元凶は、政治の腐敗というところに帰結し、アメリカの各地で糾弾運動が巻き起こった。アメリカン・ニューシネマはこのような当時のアメリカの世相を投影するかのように投影していたと言われる。
ニューシネマと言われる作品は、反体制的な人物(若者であることが多い)が体制に敢然と闘いを挑む、もしくは刹那的な出来事に情熱を傾けるなどするのだが、最後には体制側に圧殺されるか、あるいは個人の無力さを思い知らされ、幕を閉じるものが多い。つまりアンチ・ヒーロー、アンチ・ハッピーエンドが一連の作品の特徴と言えるのだが、それは上記のような鬱屈した世相を反映していると同時に、映画だけでなく小説や演劇の世界でも流行しつつあったサルトルが提唱した実存主義を理論的な背景とする「不条理」が根底にあるとも言われる。
[編集] ニューシネマの終焉
ヴェトナム戦争の終結とともに、アメリカ各地で起こっていた反体制運動も下火となっていき、それを反映するかのようにニューシネマの人気も下降していくことになる。
ニューシネマで打ち出されるメッセージの殆どは「個人の無力」であったが、70年代後期になると、ジョン・G・アビルドセン監督の『ロッキー』に代表されるように、「個人の可能性」を打ち出した映画が人気を博すようになる。
アメリカン・ニューシネマは、“アメリカン・ドリーム”に取って替わられることによって、事実上、幕を閉じたのだった。
[編集] アメリカン・ニューシネマの代表的作品
- 『俺たちに明日はない』-Bonnie and Clyde (1967)
- (監督:アーサー・ペン 出演:ウォーレン・ベイティ/フェイ・ダナウェイ)
- 世界恐慌時代の実在の銀行ギャング、ボニーとクライドの無軌道な逃避行。ニューシネマ第1号作品。
- 『卒業』-The Graduate (1967)
- (監督:マイク・ニコルズ 出演:ダスティン・ホフマン/アン・バンクロフト/キャサリン・ロス)
- 年上のロビンソン夫人に肉体を翻弄される若者ベンジャミンの精神的葛藤と自立。サイモン&ガーファンクルの『ミセス・ロビンソン』や『サウンドオブサイレンス』も印象的。
- 『ワイルドバンチ』-The Wild Bunch (1968)
- (監督:サム・ペキンパー 出演:ウィリアム・ホールデン/アーネスト・ボーグナイン/ロバート・ライアン)
- 西部を荒らしまわる盗賊団ワイルドバンチの壮絶な最期。
- 『イージー・ライダー』-Easy Rider (1969)
- (監督:デニス・ホッパー 出演:ピーター・フォンダ/デニス・ホッパー/ジャック・ニコルソン)
- 社会的束縛を逃れて旅を続ける若者たちに迫る迫害の手。
- 『明日に向って撃て!』-Butch Cassidy and the Sundance Kid (1969)
- (監督:ジョージ・ロイ・ヒル 出演:ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/キャサリン・ロス)
- 西部を荒らしまわった実在のギャング、ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの友情と恋をノスタルジックに描く。
- 『真夜中のカーボーイ』-Midnight Cowboy (1969)
- (監督:ジョン・シュレシンジャー 出演:ジョン・ヴォイト/ダスティン・ホフマン)
- ニューヨークの底辺で生きる若者2人の固く結ばれた友情とその破滅に向う姿を描く。
- 『いちご白書』-The Strawberry Statement (1970)
- (監督:スチュワート・ハグマン 出演:ブルース・デイヴィスン/キム・ダービー)
- 学園紛争に引き裂かれていく男女2人の恋。
- 『ファイブ・イージー・ピーセス』-Five Easy Pieces (1970)
- (監督:ボブ・ラフェルソン/出演:ジャック・ニコルソン)
- 裕福な音楽一家に育ちながら、他の兄弟とは異なる流転の青春を送る男の心象を淡々と描く。エンディングがアメリカン・ニューシネマ的な印象的な作品。
- 『フレンチ・コネクション』-The French Connection (1971)
- (監督:ウィリアム・フリードキン 出演:ジーン・ハックマン/ロイ・シャイダー/フェルナンド・レイ)
- 麻薬組織に執念を燃やすポパイことドイル刑事の活躍。体制側の視点から社会病理を描く。
- 『破壊!』 -Busting (1973)
- (監督:ピーター・ハイアムズ 出演:エリオット・グールド/ロバート・ブレイク)
- 麻薬組織と癒着した警察に反旗を翻す刑事2人の活躍と挫折。
- 『ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー』-Dirty Mary Crazy Larry (1973)
- (監督:ジョン・ハウ/出演:ピーター・フォンダ/ヴィック・モロー)
- カーレース用の車を手に入れるために現金強奪に成功した若者3人組とそれを追う警察とのカー・アクション。反逆的な主人公と粋なセリフ、当時のアメリカの風俗をうまく取り入れたシナリオ、斬新なカメラワーク、そして圧巻のエンディング。『イージー・ライダー』とはまた違ったピーター・フォンダの魅力も冴える。日本ではそれほど知られていない作品だが、アメリカン・ニューシネマの代表作と評する者も多い。
- 『カッコーの巣の上で』-One Flew Over the Cuckoo's Nest (1975)
- (監督:ミロシュ・フォアマン 出演:ジャック・ニコルソン/ルイーズ・フレッチャー)
- 精神異常を装って刑期を逃れた男と、患者を完全統制しようとする看護婦長との確執。
- 『タクシードライバー』-Taxi Driver (1976)
- (監督:マーティン・スコセッシ 出演:ロバート・デ・ニーロ/シビル・シェパード/ハーヴェイ・カイテル/ジョディ・フォスター)
- 社会病理に冒され、異常を来した男の憤り。この作品以降、ニューシネマは消滅する。
[編集] アメリカン・ニューシネマに影響を受けた作品
- 『恐怖の報酬』(1977)
- (監督:ウィリアム・フリードキン 出演:ロイ・シャイダー/ブリュノ・クレメール)
カテゴリ: 映画史 | アメリカ合衆国の映画