アルフォンソ6世 (カスティーリャ王)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アルフォンソ6世(Alfonso VI, 1040年6月以前 - 1109年6月1日)は、レオン王国の王(在位:1065年 - 1109年)およびカスティーリャ王国の王(在位:1072年 - 1109年)。勇敢王と呼ばれる。カスティーリャ王国の王としてはアルフォンソ1世とも呼ばれ、「ヒスパニア皇帝」を名乗った。多くの伝説的な物語をまとった人物である。
目次 |
[編集] 生涯
カスティーリャとレオンの王を兼ねるフェルナンド1世(en)とレオン王女サンチャとの間に生まれた。父フェルナンドは領土を分割し、アルフォンソにレオン、兄のサンチョにカスティーリャ、弟のガルシア(en)にガリシアを与えた。サンチョはアルフォンソと組んでガリシアを攻めたが、のちにアルフォンソを裏切ってレオンを征服した。しかし、サンチョは1072年に暗殺され、ガルシアはその翌年捕らえられた。これにより、アルフォンソはカスティーリャとガリシアの王位を引き継ぎ、カスティーリャ・レオン王国を再び統合した。
アルフォンソは婚姻によってフランス貴族と関係を結び、ローマ典礼を導入して教皇との関係を強化した。イスラム教諸国(タイファ)に対しては、始めのうちは領土を征服しようとせずに、貢納を強要し、諸国間の争いに介入することで影響力を行使した。しかし、トレドで内紛が発生するとそれに乗じて都市を攻囲し、1085年に征服した。これにより、キリスト教国の支配地はタホ川まで南下した。
セビリャ王国を支配しようとアルフォンソが圧力をかけると、タイファ諸王はムラービト朝のユースフ・イブン・ターシュフィーン(en)に救援を求めた。ユースフはこれに応えてイベリア半島に上陸し、1086年10月23日にバダホス北東のサグラハスの戦い(en)でアルフォンソ軍を敗走させた。これ以降アルフォンソはムラービト朝に対して敗退を続けたが、トレドは守り抜いた。この時期にムラービト朝との戦いに勝ち、その北上を妨げることができたのは、英雄エル・シドの軍だけであった。
アルフォンソが後継者に指名した子サンチョがムラービト朝との戦いで死亡したため、カスティーリャ・レオンの王位は娘のウラッカ(アルフォンソの妹ウラッカとは別人)に引き継がれた。
[編集] 伝説
アルフォンソは英雄叙事詩『わがシドの歌』(en)で、中世の詩人が偉大な王に与えた役割を演じている。抑圧者となったり、勇ましく身勝手な貴族たちの犠牲となったりする。トルバドゥールが理想とするタイプの支配者である。
兄によってサアグンの修道院に囚われたが脱走し、騎士道的な友情を結んだ「ムーア人の騎士」トレドのアルマウンにかくまわれた。彼は妹ウラッカ(en)と近親相姦関係にあった。こうした伝説は、彼を英雄化した詩人によるものであろう。また、アルフォンソは兄を暗殺した疑いをかけられ、ブルゴスでエル・シドを代表とする貴族たちに暗殺を否定する宣誓を要求され、これを恨んでエル・シドを追放した、とも伝えられる。
[編集] 妻子
アルフォンソは少なくとも5回結婚している。
- イネス - アキテーヌ公ギヨーム9世の娘。のちに離婚。
- コンスタンサ(en) - ブルゴーニュ公ロベール1世の娘。ウラッカの母。
- ベルタ - ブルゴーニュ伯ギヨーム1世(en)の娘と仮定される。
- サイーダ(es、イサベル) - セビリャ王ムータミドの息子の寡婦。愛人とも、キリスト教に改宗して結婚したともされる。サンチョ、エルビラ(ルッジェーロ2世妃)、サンチャの母。
- ベアトリス - 出身不明。
成人した子供は6人いる。テレサとエルビラ(レーモン4世妃)は、愛人ヒメナ・ムニョスの子である。ウラッカの最初の夫レーモンとテレサの夫エンリケは、フランスからポルトガルに移住してイスラム教徒と戦った。エンリケはポルトガル伯に任じられ、ブルゴーニュ王朝の祖となった。
- ウラッカ(1080-1126) - のちのカスティーリャ女王。最初の夫はブルゴーニュ伯ギヨーム1世の子レーモン(en)。次の夫はアラゴン王アルフォンソ1世(en)。
- テレサ(en、1080-1130) - ポルトガル伯エンリケ(en)と結婚。
- エルビラ(en、1082?-1151) - トゥールーズ伯レーモン4世と結婚。
- サンチョ(1098-1108) - ウクレスの戦いで戦死。
- エルビラ(en、1100-1135) - シチリア王ルッジェーロ2世と結婚。
- サンチャ(1101-?) - リエバナ伯ロドリーゴ・デ・ララと結婚。
[編集] 参考文献
- D・W・ローマックス『レコンキスタ』刀水書房、1996年、87-104頁
- 『新訂増補 スペイン・ポルトガルを知る事典』平凡社、2001年、20,57頁
先代: フェルナンド1世 |
レオン王 1065 - 1109 |
次代: ウラッカ |
先代: サンチョ2世 |
カスティーリャ王 1072 - 1109 |
|
先代: ガルシア2世 |
ガリシア王 1073 - 1109 |
|
ポルトガル王 1073 - 1093 |
エンリケ (ポルトガル伯) |
カテゴリ: カスティーリャの君主 | 1040年生 | 1109年没