サヴォイア家
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サヴォイア家(イタリア語 Savoia、フランス語 Savoie、英語 Savoy)はかつてイタリアのピエモンテ(Piemonte)とフランス及びスイスフランス語圏にまたがる地帯のサヴォイアを支配していた辺境伯貴族の家系。 1713年、スペイン継承戦争の結果シチリア王国の王位を獲得、1720年にハプスブルグ家とシチリア島とサルデーニャ島の交換を行い、サルデーニャ王国の王位を代わりに得た。イタリア統一運動時に核となり、統一後はイタリア王家となる。その後、住民投票により王制が終了し共和制となる。イタリア憲法でサヴォイア家は2002年までイタリアに入国を禁じられていた。 サヴォイア家はサヴォイア伯ウンベルト1世から始まった。
目次 |
[編集] サヴォイア伯
- ウンベルト1世・ビアンカマーノ
- アメデーオ1世・コーダ
- オッドーネ
- ピエトロ1世
- アメデーオ2世
- ウンベルト2世
- アメデーオ3世
- ウンベルト3世
- トンマーゾ1世
- アメデーオ4世
- ボニファチオ
- トンマーゾ2世
- ピエトロ2世
- フィリッポ1世
- アメデーオ5世
- エドアルド
- アイモーネ
- アメデーオ6世
- アメデーオ7世
- アメデーオ8世
[編集] サヴォイア公
- アメデーオ8世(後に対立教皇フェリクス5世)
- ルドヴィーコ
- アメデーオ9世
- フィリベルト1世
- カルロ1世
- カルロ・ジョヴァンニ・アメデーオ(カルロ2世)
- フィリッポ2世
- フィリベルト2世
- カルロ3世
- エマヌエーレ・フィリベルト
- カルロ・エマヌエーレ1世
- ヴィットーリオ・アメデーオ1世
- フランチェスコ・ジャチント
- カルロ・エマヌエーレ2世
- ヴィットーリオ・アメデーオ2世
[編集] サルデーニャ王
- ヴィットーリオ・アメデーオ2世
- カルロ・エマヌエーレ3世
- ヴィットーリオ・アメデーオ3世
- カルロ・エマヌエーレ4世
- ヴィットーリオ・エマヌエーレ1世
- カルロ・フェリーチェ
- カルロ・アルベルト
- ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世
[編集] イタリア国王
- ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世
- ウンベルト1世
- ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世
- ウンベルト2世