ナックルボール
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ナックルボール (Knuckle ball) は、投手が投げた殆ど回転しないボールが、打者に届くまでの間に不規則に変化しながら(揺れながら)落ちてゆく変化球である。かつてはその名の通り手を『げんこつ』状にして投げていたため、この名前がついた。略してナックルともいう。
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[編集] 投法
ナックルボールの投法を確立したのは、エディ・シーコット(Eddie Cicotte)であるとされる。基本的な投法は存在するが、投手により幅がある。基本の握りとして、手の甲を上にし親指と小指でボールを真横から挟み、残りの指を上から突き立てるものが普遍的で、ここではこの握りを3本指と呼ぶ。ボールを指から離す際に、手首を固定しボールに突き立てた指で弾き回転を殺しながら投げる。この球種は遅い球である必要があるため、また回転を安定させるため、下半身をあまりダイナミックにせずに、また大きく振りかぶらず投げる。
バリエーションとして、薬指を小指と共に寝かせ2本指を突き立てる2本指と呼ばれる握りや、全ての指を寝かせる握りもある。またボールを握る際に指を縫い目に付けるか離すかなど、投手によって様々な投法がある。
一般的に2本指では球速が速く、制球がしやすくなるが変化に乏しいと言われる。3本指のグリップでは大きな変化が期待できるが制球が難しくなるという特徴がある。
[編集] 特徴
この変化球は打者はもちろん、受ける捕手ですら全く予想のつかない変化をする。そのため、捕球には相当に高度かつ独特なキャッチング技術が要求され、時として現代の「魔球」と形容されることがある。ただしその変化は打席に立っていないと分かりにくく、たまに投げる牽制球の方がむしろ球速があるように見えるほど球速が遅い(65-70mph(100-110km/h前後)ため、テレビ等を通して見ている者にとってはただのスローボールのように見える。
また、ナックルボールは縫い目の凸部となだらかな皮の部分の空気抵抗差を利用して変化を操るため、表面の凹凸がはっきりした新しい硬式ボールほど大きい変化が期待できる。そのため全体的に表面に凹んだ模様に覆われ凹凸がはっきりと分かれていない軟式のボールでは投げることができないとされているが、実際には投げる投手はいる。
このボールにはいくつかの大きな欠点がある。まず変化が非常に微妙なために地理的な影響(風向き・強さ、天候など)を受けやすく、常に安定して狙った位置に投げ入れるには非常に高い技術が要求されること。後述のような特殊な投法のために他の球種と混ぜて打者を幻惑できないこと。さらに弾道が通常の変化球などと異なり予測不能なため、キャッチャーは完全に捕球するまではボールから目を切れず、早めの送球体制も取れない。加えて球速の遅さも手伝い非常に盗塁を許しやすいことなどがある。
以上のような欠陥のためにその変化が打者に対して効果的であるにも関らず、投げる投手が非常に限定されており、一般に目にする機会は数ある変化球の中でも群を抜いて少ない。
[編集] 変化の原理
ナックルボールはほとんど回転がない球種であり、その回転はバッテリー間で1/4回転ほどが理想とされている。そのため、縦方向の平均的な変化に着目した場合、直球のようなマグヌス効果による揚力はほとんど働かず、下方向に落ちる変化球である。
一方で、ナックルボールはその回転数の少なさによりボールの回転エネルギーが少なく、投手の手から離れて捕手のミットに納まるまでの短い間に空気抵抗を受け回転方向が断続的に変化する。このため、回転による弱いマグヌス効果と縫い目の出っ張りが影響する大きな空気抵抗の双方が時間と共に変化し、打者の手元に届くまでに揺れるような変化を起こす。これらの理由により、打者が弾道を予測することを妨げる。
[編集] ナックルボーラー
この球種をメインに投球を組み立てる投手のことをナックル・ボーラーまたはナックラーと呼ぶ。なかでも、全ての投球にナックルボールを投じる投手をフルタイム・ナックル・ボーラーと呼ぶ。ナックルボールは全力で腕を振らないフォームから投じられるため肩や肘にかかる負担が少ない。そのためナックルボーラーは総じて選手寿命が長く、40歳後半まで現役で活躍する選手も少なくない。
ナックルボールがもっとも普及している米国メジャーリーグでは、ナックルボーラーでない投手はリリースポイントを故意にばらつかせることで打者のタイミングを外す技術が普遍化しているのに対し、ナックルボーラーはリリースポイントを一定にしないと弾道が大きくばらつき、コントロールできなくなる。そのため、通常の投球スタイルを持つ投手がナックルを投げることはまれである。逆にナックルを投げるピッチャーはそれを多投することが多く、ナックルボールを習得し投げるということは、一般的にナックルボール以外の球種をほとんど投げなくなるという結果を生んでいる。その特殊な投球フォームのみならず、通常とは異なるナックルボールに適した爪の長さや強さを維持するため、あるいは後述の専用捕手の存在のために、ナックルボール以外の球種を投げる機会が減ることになる。
過去のメジャーではフィル・ニークロとその弟であるジョー・ニークロが典型的なナックルボーラーとして長い間活躍した。近年ではティム・ウェイクフィールドが代表的なナックルボーラーの一人として知られている。
- ※ニューヨーク・ヤンキースのマイク・ムッシーナ等が投げるナックル・カーブは名前や握りこそ似ているが全く別物の変化球である。ナックル・カーブを参照のこと。
[編集] ナックルボーラー専用捕手
ナックルボーラーが登板する場合は、ナックルボールの捕球が得意な捕手がバッテリーを組むことが多い。例を挙げると、ボストン・レッドソックスのティム・ウェイクフィールドが投げるときは、正捕手のジェイソン・ヴァリテックではなく、決まってダグ・ミラベリがバッテリーを組んでいる。ミラベリがウェイクフィールドとバッテリーを組むときは野球用のキャッチャーミットを使わず、クッション量が少なく捕球面積が大きい女子ソフトボール用のミットを使っている。
[編集] ナックルボールに関するエピソード
- ロブ・マットソンやフィル・ニークロは60km/h台のナックルも披露した。
- 捕球の難しさを示す有名なエピソードに、1987年に記録されたテキサス・レンジャースのジーノ・ペトレリの1イニング4捕逸がある(ピッチャーはチャーリー・ハフ)。
- 2005年にナックルボール専用捕手のミラベリが怪我をして戦列を離れ、正捕手のバリテックがバッテリーを組んだ間のウェイクフィールドの防御率は9.00を越えていた。
[編集] 日本における例
日本野球史においてはナックルボール自体を緩急差の見せ球として利用する投手は日本球界にも少なからず存在するがコントロールはできておらず(ストライクを狙って取ることができない)、また過去に遡ってもニークロ兄弟ほどの大きな変化をさせる投手は登場していない。かつて1996年のオフに河野博文がテレビの企画でドジャースのナックルボーラー、トム・キャンディオッティから習得し、それなりの完成度のものを披露していたが、直後のシーズンから不振に陥り注目されることはなかった。日本国内における現役投手では前田幸長が唯一といってもいいナックルボールを投げる投手として知られているが、回転が多くかかっているためにこれをナックルボールとは認めない意見もある。変化の弾道も杉下茂、現役では金剛弘樹が投げる横回転も殺したフォークボールの方がナックルには近いと言われている。ちなみに上原浩治もアマチュア時代に国際試合に限定して使用していたが、プロ転向後の現在は投げていない。また、三木均もナックルボーラーといわれているが、2006年現在、1軍で目立った成績は挙げていない。2007年シーズンから、渡辺亮は高校時代から遊びで投げていたナックルを実戦で使用する。 なお、日本プロ野球史においては1998-1999年に近鉄バファローズに在籍したロブ・マットソンが唯一の本格的なナックルボーラーであり、130km/h代半ばの速球に110km/h程度のナックルボール、カーブなどを組み合わせて1998年には9勝を挙げた。2007年に日本球界二人目の本格的ナックルボーラー、ジャレッド・フェルナンデスが広島東洋カープに入団した。
[編集] ナックルボールを投げる主な選手
[編集] 引退選手
- ホイト・ウィルヘルム(Hoyt Wilhelm)
- フィル・ニークロ(Phil Niekro)
- エディ・シーコット(Eddie Cicotte)
- ジョー・ニークロ(Joe Niekro)
- フレディ・フィッツシモンズ(Freddie Fitzsimmons)
- ジェシー・ヘインズ(Jesse Haines)
- チャーリー・ハフ(Charlie Hough)
- トム・キャンディオッティ(Tom Candiotti)
- スティーヴ・スパークス(Steve Sparks)
- ジーン・バッキー (Gane Bacque、元阪神・近鉄)
- 猪俣隆(元阪神・中日)
- 廣田浩章(元巨人他)
- ロブ・マットソン(Rob Mattson、元近鉄)
[編集] 現役選手
- ティム・ウェイクフィールド / Tim Wakefield(レッドソックス)
- チャーリー・ヒージャー / Charlie Haeger(ホワイトソックス)
- 前田幸長(巨人)
- 三木均(巨人)
- 青木勇人(広島)
- ジャレッド・フェルナンデス(広島)
- 渡辺亮(阪神)
[編集] ナックルボールについての研究
福岡工業大学の溝田武人教授が、流体力学の研究の一環としてナックルボールを研究し、論文を発表している。
[編集] メディア
- 実況パワフルプロ野球に出てくる阿畑が『アバタボールXX号』(内容はナックル:XXは適当な数字)を投げる。ちなみにこのゲームで登場するナックルはランダムでカーブ、フォーク、シンカーのどれかの方向に変化するというものであったが、「13」からは揺れる球に設定変更した。
- ハロルド作石の漫画「ストッパー毒島」では、外野手だったウェイク国吉がナックルボーラーとして再生、後半戦は先発ローテーションに入って活躍する。なお、名前からもわかるように、ティム・ウェイクフィールドがモデルである。