ベイサイドプレイス博多埠頭
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ベイサイドプレイス博多埠頭(べいさいどぷれいすはかたふとう、英称:Bayside Place Hakata Futoh)は、福岡県福岡市博多区博多埠頭にあるターミナルや外食店の複合施設。
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[編集] 概要
博多港には複数の埠頭がある。博多埠頭には2つのターミナルがあり、第1ターミナルと併設する外食店・雑貨店などテナントの入居する建物がベイサイドプレイスである。博多埠頭交番に接するA棟、中央のB棟、第1ターミナルのC棟の3つの棟からなる。一般的には、第1ターミナルとテナントの建物のみならず、博多ポートタワーや屋内スノーボード場など博多埠頭にある施設すべてを総称して「ベイサイドプレイス」と呼び、公式サイト(現在閉鎖中)でもそのように扱っていた。
施設はロマンチックなウォーターフロントの雰囲気を演出している。総合プロデューサーは浜野安宏。サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフを彷彿とするデザインである。
1991年にオープン。経営母体は福岡市第三セクターの「サン・ピア博多」であったが、2005年9月に経営破綻。破綻後もベイサイドプレイスの運営は続けらている。
博多どんたく港祭りでは、1日目の午前に開会の式典が行われる。
[編集] 施設
- ベイサイドプレイス
- 博多埠頭第1ターミナル
- 博多港ベイサイドミュージアム
- アクアリウム
- カフェ
- コンビニエンスストア・ファミリーマートベイサイド博多店
- 雑貨店
- 博多埠頭第2ターミナル(2号上屋)
- 1号上屋
- 博多ポートタワー
- 全長100m。展望室70m。入出港船舶の動静を把握し、博多港VHF海岸局「博多ポートラジオ」を設置して船舶に必要な情報を提供。展望室からは博多湾ならびに福岡市が一望できる。
- 屋内スノーボード場「ビッグエア福岡」
- 1年中スノーボード滑走が可能なインドアゲレンデ。ゲレンデ内はマイナス3度に保たれる。幅30m・長さ60m。カフェやギャラリースタンドも備える。
- 博多埠頭交番
- 駐車場
- ベイサイドパーキング第1・第2
- 市営築港駐車場
- サンセットパーク
- 博多埠頭突端の公園。
- 櫛田神社浜宮
- ぴあトピア
- 博多一番風呂(※閉鎖中)
- 博多屋台街(※閉鎖中)
ちなみに、東日本フェリー新潟県上越市直江津航路船(※2007年1月から3月まで運休)や、国際釜山航路船「ビートル」「コビー」「ニューかめりあ」は中央埠頭に発着する。
[編集] 市内交通
[編集] 経営破綻問題
ベイサイドプレイスは博多港湾再開発の一環として計画。1988年に福岡市5%、第三セクター博多港開発株式会社10%、福岡商事10%、西日本不動産開発10%、福岡地所10%、そのほか九州電力など地場企業の出資により資本金4億円で「サン・ピア博多」が設立され、1991年6月にベイサイドプレイスがオープンする。社長は歴代福岡市職員OBが務め、開業当時は年間来場者数400万人超の市内有数の集客施設であった。
しかし交通アクセスの悪さに加え、シーサイドももちや市内大型商業施設に客が奪われて来場者は減少。2000年3月期まで赤字が継続していた。2002年11月にベイサイドシティ株式会社が運営する大型温浴施設「博多一番風呂」や飲食店「博多屋台街」などが開業して年間来場者数が300万人に回復するものの、居酒屋チェーン「鷹王」の無理な店舗展開によりベイサイドシティが2005年6月に自己破産を申請。同社がベイサイドプレイスで経営する店舗は博多一番風呂を含めて25店中5店、床面積にして4分の1を占めていた。収入源の7割がテナント収入だったサン・ピア博多にとってベイサイドシティの破綻が痛手となり、2005年9月に民事再生法の適用を福岡地裁に申請し受理された。負債総額はおよそ39億円(うち金融債務は33億円)で、福岡市からの融資3億4,000万円は債権放棄となった。これは福岡市の第三セクター初の破綻であった。この破綻は福岡オリンピックへの批判でも言及され、山崎市政不信任に繋がる1つとなった。
破綻後も福岡市職員OB出身社長のもとサン・ピア博多によりベイサイドプレイスの運営は続けられており、定期航路や一部テナントは事業を継続している。サン・ピア博多の資産は九電工に売却され負債の整理に当てられる。将来の運営母体である九電工は、六本木ヒルズなどを手がける森ビル系列の森ビル都市企画と共同で商業アミューズメント施設を運営することを計画している。