マーティン
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マーティン(Martin、C.F.Martin & Co., Inc.)社は、アメリカのギターメーカー。アコースティック・ギターのトップ・ブランドとして知られる。1970年代に当時の日本の輸入代理店であった東海楽器のカタログ表記から、日本では正式には「マーチン」ではなく「マーティン」と表記されているようである。しかしながら、楽器店でも「マーチン」と表記していることもあり、表記の揺れとしてどちらの表記も許容されている。日本でも1970年代のフォークブームを機に多くのギタリストから愛用されるようになり、ギブソン、ギルドなどと共に人気メーカーの一つとして絶大な支持を受けている。2007年現在、黒澤楽器店が正規輸入代理店となっている。
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[編集] 創業
創業者はドイツ人クリスチャン・フレデリック・マーティン(Christian Frederick Martin:1796年-1867年)。代々家具職人の家に生まれたかれは、15才の時、当時ウィーンで有名だったギター製作家、ヨハン・シュタウファーに弟子入りした。たちまちギター職人として頭角を現したマーティンは、生まれ故郷でギター製作を始めようとしたが、職人ギルドとの関係がこじれて自由な製作活動ができなかった。
1833年、マーティンは、ギター製作のためにドイツからアメリカへの移住を決意し、ニューヨークで楽器店を開き、同時にギター製作も始めた。ニューヨークでの事業は決して楽なものではなく、物々交換が横行するなど安定した事業展開は望むべくもなかった。1838年にはペンシルバニア州ナザレスに移住し、本格的にギター製作を開始した。
[編集] スチール弦ギターの「発明」
1867年に初代クリスチャン・フレデリックが亡くなった後、かれの息子クリスチャン・フレデリックJRが事業を継いだ。以降創業一族による経営が2006年現在(クリスチャン・フレデリック・マーティン4世)まで続いている。大資本に買収されなかった、数少ないアメリカの有名ギターメーカーのひとつである。
伝統的なデザインのクラシック・ギターを製作する一方で、アメリカ大衆音楽の変化に応じてギターをカスタマイズしていった。当時大流行していたカントリー音楽のバンジョー奏者が持ち替えて弾けるよう、ガット弦の代わりにバンジョーと同じスチール弦が張れるよう改造した。その後00(ダブルオー)、000(トリプルオー)、D(ドレッドノート)と、音量を大きくするためにボディサイズを大きくしたモデルを相次いで発表、なかでもドレッドノート(当時の英国の巨大軍艦の名前、そのボディの大きさからこう名付けられた)タイプは大変な人気を呼び、現在のアコースティック・ギターの基礎となった。
戦前に数十本だけ製造された、いわゆる”プリウォーD-45”モデルは、ヴィンテージ・ギターとしては最も価値の高いものである。
[編集] モデル名
各シリーズには使用する木材や装飾の違いにより18、28、45等のコードネーム(スタイル18等と呼ぶ)がつけられている(たとえば、000シリーズのスタイル18であれば000-18、Dシリーズのスタイル28はD-28という品番が付けられている)。
[編集] ミュージシャン・リレーションシップ
ハンク・ウイリアムス、エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、ポール・サイモン、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、ジミー・ペイジ、クロスビー・スティルス&ナッシュ、ニール・ヤングなど、昔から世界中の有名ミュージシャンに愛用されてきた。マーティンは近年、それらのミュージシャンのシグネチャーモデル(専用モデル)を多く発売しており、中でもエリック・クラプトンモデルは大ヒットモデルとなった。