ヴァルナ (ブルガリア)
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ヴァルナ (Варна) は、ブルガリア北東部のヴァルナ県西部に位置する中心都市である。2000年代初頭の人口は約35万人である。
ヴァルナはブルガリア東部の港湾都市であり、黒海西岸に位置している。ブルガリアの「海の首都」あるいは「夏の首都」の異名を持つ。1949年から1956年までは、ヨシフ・スターリンの名をとってスターリン (Сталин) という都市名であった。
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[編集] 歴史
紀元前4600年頃~紀元前4200年頃、ヴァルナ墓地と呼ばれる金石併用時代の200基以上に及ぶ墳墓群が築かれる。
紀元前580年頃、古代ギリシャがヴァルナ近郊に入植し、アポイキアと呼ばれる交易植民市オデッソスを建設した。
ローマ帝国時代になると、ローマ人によって要塞や浴場が建設された。2世紀頃に建設された浴場は、ブルガリア最大規模のローマ時代の遺跡として残っている。
1393年、東ローマ帝国の都市であったオデッソスは、オスマン帝国の拡張に伴ってオスマン帝国の支配下に入った。
1444年11月、ヴァルナ近郊の港において、コンスタンティノポリスに向けて出港するために集結した約3万人のハンガリー軍(ヴァルナ十字軍)と、ムラト2世率いる約12万人のオスマン軍との間で、ヴァルナの戦いが起こった。この戦いにおいてハンガリー軍は大敗を喫し、ポーランド王ヴワディスワフ3世が死亡した。バルナにはヴワディスワフ3世の霊廟が建てられている。
1962年、ヴァルナにおいて第15回チェスオリンピックが開催された。
1969年、ヴァルナにおいて第4回世界新体操選手権が開催された。
1974年、ヴァルナにおいて第18回世界体操競技選手権が開催された。
[編集] 経済
ヴァルナはブルガリアおよび黒海沿岸地域における経済活動の重要地点であり、運輸業や造船業を中心に発展した都市である。ヴァルナ港やヴァルナ国際空港などの巨大輸送拠点がある。また観光においても重要な位置を占め、アルベナ、ゴールデン・サンズ、コンスタンティン・ヘレナ、リビエラなどのバルナ近郊の保養地へ向かうための経由地として、世界中から毎年数百万人の観光客を受け入れている。
ヴァルナは隣接するデブニャとともにヴァルナ・デブニャ工業団地を形成し、化学薬品や電化製品などの巨大な製造工場が存在している。
1994年9月、外国直接投資の機関誌はヴァルナの地理的重要性、急速に成長する経済、豊かな文化的遺産、高水準の教育を例に挙げて、未来のヨーロッパ南東部を代表する都市になるだろうと称賛した。
[編集] 娯楽
ヴァルナの住民にとって、代表的な娯楽は2つある。1つは暑い夏の日に爽快感を味わえる黒海の浜辺で過ごすこと。もう1つは地元のサッカー・クラブ、スパルタク・ヴァルナである。スパルタク・ヴァルナはブルガリアで最も有名なサッカー・クラブの1つであり、ヴァルナにはこのクラブの熱狂的なサポーターが数多くいる。ヴァルナの人々は街の誇りのためにスタジアムに集い、サッカーの試合を楽しんでいる。土曜日の夜には、ヴァルナの下町のあちこちで「ヴァルナ!ヴァルナ!」の大合唱を聴くことができる。
[編集] 姉妹都市
ヴァルナの姉妹都市は次の通りである。
[編集] 関連項目
- ヴァルナの戦い
- ヴァルナ港
- ヴァルナ国際空港
[編集] 外部リンク
- 公式ウェブサイト(ブルガリア語)