人間失格
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『人間失格』(にんげんしっかく)は小説家・太宰治による長編小説であり、『走れメロス』『斜陽』に並んで太宰の代表作の1つである。1948年(昭和23年)に連載小説として発表された。形式上は私小説の形式をとったフィクションとされる。だが、自殺した影響もあり真偽不明な部分が多いものの、太宰の人生を色濃く反映しているため自伝的な小説であるとみなされている。1948年5月12日に脱稿されたが、その連載中の6月13日深夜に太宰が自殺したため、「遺書」のような小説とされてきた。
戦後の売り上げは新潮文庫だけでも累計600万部を突破しており夏目漱石の『こころ』と何十年にも渡り累計部数を争っているが、2005年8月現在ではやや『こころ』の方が多いという結果が出ている。
他人の前では面白おかしくおどけてみせるばかりで、本当の自分を誰にもさらけ出す事の出来ない男の人生(幼少期から青年期まで)をその男の視点で描く。主人公「自分」は太宰治ではなく大庭葉蔵(おおばようぞう)という架空の人物で、小説家ではなく漫画家の設定になっている。この主人公の名前は、太宰の初期の小説『道化の華』に1度だけ登場している。
作中で大庭葉蔵の手記とされるのは「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」であり、最初の「はしがき」と最後の「あとがき」は「私」の体験談とされている。当初「第一の手記」の原稿では主人公の自称は「私」であったが途中で書き直され「自分」となり、結果的に手記全体にわたりその一人称が使われた。
前述の通りこの作品は「遺書」と受け止められていたため、ずっと勢いにまかせて書かれたものとされてきたが、1990年代に遺族が『人間失格』の草稿を発見し、言葉1つ1つが何度も推敲されていた事が判明した。
なお、海外ではこの作品は性的虐待を表現した小説であるともみなされており、宮地尚子がMike Lewに自身の所属するグループで読んでもらったところ「辛くて読めない」という人まで出現した。L・ドゥモースも『親子関係の進化 子ども期の心理発生的歴史学』で乳母からの性的虐待の歴史の中でこの事例を報告している。しかし、日本ではこうした人に見られる「演技性」が別の側面から観測される傾向が強い。
「恥の多い生涯を送って来ました」の台詞はあまりにも有名。『“文学少女”と死にたがりの道化(ピエロ)』では完全な引用として紹介されている。
[編集] あらすじ
- 第一の手記
- 「自分」は人とは違う感覚を持っており、それに対して混乱し発狂しそうになる。それゆえにまともに人と会話が出来ない「自分」は、人間に対する最後の求愛として道化を行う。だがその「自分」の本性は女中や下男に犯されるという残酷な犯罪を語らず力なく笑っている人間であった。結果的に「自分」は欺きあう人間達に対する難解さの果てに孤独を選んでいた。
- 第二の手記
- 中学校時代、「自分」は道化という自らの技術が見抜かれそうになり恐怖する。その後旧制高校において人間恐怖を紛らわすために酒と煙草と淫売婦に浸った。そのうちに左翼思想に触れ葛藤する。結果として人妻との暖かな一夜の後に、彼女と心中未遂事件を起こしたが、生き残り罪に問われる。結果的に釈放されるが、混乱した精神状態は続く。
- 第三の手記
- 高等学校を追い出され、「自分」は破壊的な女性関係に陥る。その果てに最後に求めたはずの無垢な女性に裏切られ、再び自殺未遂を起こす。その後は訳が分からないうちにどんどん不幸になっていきアルコール中毒のようになり、モルヒネに浸っていると、家族に騙され脳病院へ入院させられる。そして自分はもはや人間ではないという事になった事を確信する。不幸も幸福もなく、ただ過ぎていくだけなのだと最後に語り自白は終わる。
[編集] 関連項目
- “文学少女”と死にたがりの道化(ピエロ)(人間失格を題材にした作品)
- 子供に対する性的虐待を扱った作品一覧
- 少年への性的虐待
- 人間・失格~たとえばぼくが死んだら
[編集] 外部リンク
カテゴリ: 文学関連のスタブ | 子供への性的虐待を扱った作品 | 日本の小説 | 太宰治