伊達尚宗
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊達 尚宗(だて なおむね、1453年(享徳2年) - 1514年5月28日(永正11年5月5日))は陸奥国の戦国大名。伊達氏の第13代当主。第12代当主・伊達成宗の嫡男。母は大崎氏の娘。妻は上杉定実の娘。官位は従五位下。大膳大夫。
父から家督を相続した年代は詳しく分かっていない。これは、父の成宗が死没した年が詳しく分かっていないからである(伊達氏の史書では、1487年説が有力なので、その前後に継承したと思われる)。1494年4月、伊達氏の領内で騒乱が発生したため、一時的に会津に避難した。復帰後は京都の放浪将軍・足利義澄を領内に迎え、これを擁護することで伊達氏の勢力を盛り上げようとしたが、失敗した。1514年5月5日、62歳で死去。後を子の伊達稙宗が継いだ。
[編集] 系譜
伊達氏宗家 |
歴代当主 |
---|
平安末期~戦国末期
伊達朝宗|伊達宗村|伊達義広|伊達政依|伊達宗綱|伊達基宗|伊達行宗|伊達宗遠|伊達政宗|伊達氏宗|伊達持宗|伊達成宗|伊達尚宗|伊達稙宗|伊達晴宗|伊達輝宗 |
陸奥仙台藩主(松平陸奥守家)
伊達政宗|伊達忠宗|伊達綱宗|伊達綱村|伊達吉村|伊達宗村|伊達重村|伊達斉村|伊達周宗|伊達斉宗|伊達斉義|伊達斉邦|伊達慶邦|伊達宗基 |
明治~現在
伊達邦宗|伊達興宗|伊達貞宗|伊達泰宗 |