凡人
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凡人(ぼんじん)とは、特別な才能を持たない人(人間)のこと。
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[編集] 概要
なお凡人の「凡」であるが、「普通であること」と一般に解される。
一般的に凡人とは、他人より抜きん出た才覚のない人とされる。類似する語には集合としての大衆もあるが、凡人は単数形の個人である。なお慣用句の「能ある鷹は爪を隠す」のように、自ら凡人として振舞いたがる人も見られ、また「出る杭は打たれる」からと、凡人である事を処世術に掲げる人も日本では少なくない(→日本人論)。
俗にいう天才や秀才は、凡人の対極に位置する存在である。しかし天才や秀才がしばしばその特殊性から周囲の社会に馴染めない・異端視される(→マイノリティ)という傾向も見られ、逆に凡人は強力な社会適合力(→社会技能・ソーシャルスキルとも)を持っていると見ることもできる。一般的に良好な家庭とされる環境を維持できる凡人は、凡人的に優れた才能という事ができよう。
一般では、凡人には優れた才能が無い一方で、他人を不快にさせることも避ける存在とされている。このため犯罪を起こさない事も、凡人の性質といえる。他人を不快にさせないためには、道徳やマナー、果ては人道に至るまで、その理念を把握して遵守する必要がある。凡人が凡人でありつづけるためには、それらを知り、また自身の欲を抑えてでも従う必要が出ることから、誰からも押し並べて凡人と評価される事は、逆に相当の努力を要すると考えられる。
ただ凡人は、その抜きん出た才能が無いといった特徴のために、競争の好まれる社会では価値が軽んじられる傾向も否定できない。受験戦争の加熱した1980年代の日本では、凡人である事は否定的に扱われ、勉強で優位性を発揮できない者にはアイデンティティの喪失を引き起こさせ、その一部を不良行為へと走らせる要因となったと考えられる。
[編集] 普通であること
凡人は「普通であること」ではあるが、その一方で過去に発生した事件の報道の折に、犯人の近隣住民が、当人を良く知らないことをもって「普通」と形容しているケースが見受けられる。最初のうちは「普通」と評されながら、後に予兆と見られる特異な行動の目撃が報じられる事例なども少なくない。
このようなケースでは「普通」という客観視が、単に「対象を余り良く知らなかった」というものであるだけに、凡人の範疇には含みがたい。とはいえ世の中には人に言えない趣味の持ち主や、ひそかな嗜好を持ち合わせている人も相当数いることが予測されるため、一般に言われる所の凡人が必ずしも凡人とは言えない場合も少なくないと考えられる。
[編集] 歴史上の「凡人」と言われる人物
- 小渕恵三
- 凡人として振る舞うことに長けた有能な政治家であったとも評されている。内閣官房長官時代には平成の元号をマスコミ発表した事でも知られ、内閣総理大臣を勤めた。彼は金丸信が疑獄事件で失脚した当時に派閥領袖に繰り上がったが、偏に「可もなく不可もなく」というキャラクター性に負う所も大きいだろう。さらにテレビで田中真紀子に「凡人、軍人、変人」という有名なフレーズで「凡人」というイメージが定着してしまい、マスコミからも堂々と「凡人」呼ばわりされることとなった。その後ほとんど周囲の失態や引責辞職で繰り上がる格好で第84代の総理大臣職にまで上り詰め、さらには「可決されようものなら内閣なぞ軽く吹っ飛ぶ」とすら言われ長らく宙に浮いていた重要法案を幾つも可決させており、地味ながらその業績は多い。
[編集] 関連項目
- 凡人であろうとする事を辞め、あるいは脱凡人を目指してカミングアウトする人もいる。
- 英語のcivilian の訳案の一つに「凡人」が上がっている。
- 凡人の趣味の範疇で、重要な発明・発見がなされたことも数限りない。