千葉県立津田沼高等学校
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千葉県立津田沼高等学校 | |
設立年月日 | 1977年(昭和52年)11月17日 (教育委員会設置認可) |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制の課程 |
学科内専門コース | 音楽コース |
所在地・連絡先 | |
所在地 | 〒275-0025 |
千葉県習志野市秋津5-9-1 | |
外部リンク | [1] |
千葉県立津田沼高等学校(ちばけんりつ つだぬまこうとうがっこう)は、千葉県習志野市にあるる県立高校。
目次 |
[編集] 沿革
[編集] 経緯
昭和52年に千葉県教育委員会で津田沼高校の設置を決定し、昭和53年に学生募集を開始した。
元々は「千葉県立習志野高等学校」という名称になる予定だったが、習志野市立習志野高等学校を擁する習志野市よりクレームが入り、設置決定直前になって現在の校名に変更された。このため、「津田沼高校」の名が付けられることになった。通称は『津田高』
[編集] 校歌
昭和54年に制定され、1番から3番までの歌詞がある。
ただし1990年代までは、実際には1番と3番のみが歌われることが多かった。2番の一節に『嗚呼 わが愛の楽園』とあり、特に学校外で校歌斉唱が行われる場面で、教員が歌わせることを是としないと判断した場合には省略されるためである。
[編集] 初代学校長のエピソード
初代校長白銀彦太郎は、自分の苗字である「白銀」を校歌の歌詞に盛り込んだために、第1回卒業生からの評判を落とす事になる。また、卒業記念品として初代校長の胸像が制作されたが、後に公立高校にふさわしくないとして撤去された。卒業記念品という性格上、破棄することもできず、最近まで倉庫に保管されていたが、現在は応接室に移設された。これにより、一部の教員からは「公立高校で特定の人物に対し、崇拝の意を現すようなことはいかなるものか」と、またもや論議の的となっている。
卒業記念品、ましては初代校長とはいえど、まだ現職にあるはずの校長の銅像が造られることは異例中の異例である。ただ、銅像が造られた経緯はその当時から現在までも謎のままで、なぜこのような銅像が造られたのかは現在もよくわかっていない。銅像本体にも「津田沼高等学校の初代校長」程度の文碑しかなく、白銀の業績や功績についてもほとんど資料が残っていない。
[編集] アクセス
- JR総武線津田沼駅より京成バス秋津団地線が津田沼高校前経由。
- JR京葉線新習志野駅より京成バス秋津団地線が津田沼高校前経由。
- JR総武線津田沼駅より徒歩約30分。
- JR京葉線新習志野駅より徒歩約15分。
- 京成電鉄京成津田沼駅より徒歩約20分。
- 京成電鉄谷津駅より徒歩約20分。
[編集] 教育組織
普通科高校であるが、公立高校では珍しい音楽コースを開設しているのが特徴的である。一年次は普通コース。二年次には普通コースを音楽コースと普通コースに分け、三年次には普通コースを文系コースと理系コースに分ける。開校当初は二年次より文系コースと理系コースを分けていた。音楽コースは開校二年目入学生より開設。初期には一年次より音楽コース教育がスタートしていた。
[編集] 部活動
[編集] 体育系部活動
初代校長白銀彦太郎が弓道をたしなんだこともあり、創立時より弓道部とアーチェリー部が活動している。和弓・洋弓両方の部活動が存在する高等学校は多くないため、津田沼高校の体育系部活動の大きな特徴となっている。他にも昭和57年に国体選手経験のある国語教諭を顧問としてウエイトリフティング部が創立されてインターハイ出場など活躍していたが、部員の減少により平成10年代現在、廃部となっている。
2000年代になってからの活躍としては、自転車競技(個人参加)およびアーチェリー部の、平成18年度インターハイ及び国体への出場が挙げられる。
[編集] 文化系部活動
音楽コースが設置されていることもあり、音楽系のオーケストラ部と吹奏楽部の活動が盛んである。オーケストラ部は顧問教諭の転任を契機に千葉県立千葉高等学校と合同練習、合同演奏会を行う交流関係を持っており、両校のオーケストラ部の卒業生は合同の親睦オーケストラ団体、「かつらぎフィル」を結成している。
昭和50年代から60年代にかけては、近隣の習志野市立第六中学校で流星観測などを活発に行っていた天文部の卒業生を多数吸収していた地学部や、谷津干潟に隣接した環境を生かした生物部、演劇部といった非音楽系の文化部の活動も盛んで、体育系の部活動よりも文化系部活動の活動が目立つ校風であった。しかし、平成に入ってからは全国的な文化系部活動の退潮傾向に伴い部員の減少、活動の停滞が著しくなり、地学部のように部員の欠員状態が続いている部も多くなっている。
2000年代になってからの特記すべき活躍として、演劇部、写真部、の関東大会、全国大会への出場という実績が挙げられる。
[編集] 出身者
- 谷津謙一:オーケストラ・アンサンブル金沢(トランペット)・石川県トランペットソサエティ事務局長
- 鮎瀬梢(シンガーソングライター)