博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
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博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb |
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監督 | スタンリー・キューブリック |
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製作 | スタンリー・キューブリック ヴィクター・リンドン |
脚本 | スタンリー・キューブリック ピーター・ジョージ テリー・サザーン |
出演者 | ピーター・セラーズ ジョージ・C・スコット |
撮影 | ギルバート・テイラー |
編集 | アンソニー・ハーヴェイ |
配給 | コロムビア映画 |
公開 | 1964年1月30日 1964年10月6日 |
上映時間 | 93分 |
製作国 | イギリス |
言語 | 英語、ロシア語 |
興行収入 | $5,000,000 |
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『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(はかせのいじょうなあいじょう またはわたしはいかにしてしんぱいするのをやめてすいばくをあいするようになったか、Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)は、スタンリー・キューブリック監督、ピーター・セラーズ主演で、1963年制作・1964年に公開されたアメリカ映画である。
冷戦下を舞台に、偶発的な原因で核戦争が勃発しそうになり人類滅亡の危機が急迫するという状況で、大半が利己的な俗物(一部は異常者)である政府や軍の上層部が右往左往するというシニカルで意地の悪い喜劇である。また、キューブリックの最後の白黒作品である。上映時間は93分。
本作品はピーター・ジョージの『赤い警報』 (Red Alert) という真面目な本を原作にしているが、キューブリックはストーリー構成段階で題材の観念そのものが馬鹿げたものだと思い直し、ブラック・コメディとしてアプローチし直した。
核戦争の緊張と恐怖を皮肉を込めて描いた本作品はキューブリックの代表作の一本と位置付けられてる。このアイロニカルな姿勢は、同時期に撮られた同テーマのシドニー・ルメットの「未知への飛行」のヒロイズムを含んだ感傷性とは一線を画している。『2001年宇宙の旅』(1968年)、『時計じかけのオレンジ』(1971年)と共に「SF3部作」と呼ばれることがしばしばあるが、これについてキューブリック本人の言及はないし、事前に「3部作」を想定していたという記録もない。
目次 |
[編集] 登場人物
本作は上映時間こそ短いが際立った個性を持つ人物が多数登場しており、非常に中身の濃い映画と言える。特に物語の鍵を握る人物は大抵が狂気染みていて、痛烈で面白くもあり、恐怖でもある。
- ストレンジラヴ博士
- 大統領科学顧問。ドイツから米国に帰化したという人物。ストレンジラヴという奇妙な名前はドイツ名「Merkwürdigliebe」をそのまま英語に直訳したもの。足が動かないので車椅子に乗っている。何度も大統領を総統と呼び間違え、興奮気味になると右手が勝手に動きそうになり、それを左手で何とか押さえつけるといった奇行が目立つ。右手の動作は反射的にナチス式敬礼をしようとしているものらしく、ナチスかその協力者であったことがはっきり分かる。寒気のする薄気味悪い笑みや、緊急事態にも関わらずに終始一貫して恐れを見せず、むしろ楽しげに(非人道的な)自論を披露する姿が印象的。ジョン・フォン・ノイマンあるいはヴェルナー・フォン・ブラウン、エドワード・テラー、ハーマン・カーン、ロバート・マクナマラ(彼のミドルネームはStrange)などがモデルになっているとされる。
- リッパー将軍
- 反共、反ソが極限に達し妄想にとりつかれた男。誰の許可も無く勝手にソ連への核攻撃命令を発信し、司令センターで篭城する。そして顔色一つ変えず「共産主義者によって既にアメリカは侵食されている」「水道水へのフッ素添加はアメリカ人の体内の『エッセンス』を汚染する陰謀だ」という陰謀論をマンドレイク大佐に説く。
- タージドソン将軍
- リッパー将軍に劣らぬ反共、反ソで、ソ連と全面的に戦争するべきだとの強攻策を熱弁する鷹派である。会議中にやたらとガムを噛み続けたり、強攻策を激しく熱弁中に勢い余って後ろに転び、立ち上がり尚も熱弁する姿が強烈だ。(なお、これはヒトラーが演説中興奮したときの癖であった。ヒトラーのあだなの一つは「絨毯噛み」であったという。)
- マンドレイク大佐
- 英国空軍大佐。リッパー将軍付きの基地の副官。リッパーとは違い常識人であり、何度も彼の越権行為を正そうとする。過去に事故に会い、片足が義足だという。軍人らしからぬもの静かな人物で、機関銃の扱い方もろくにわからない。余談だが第二次世界大戦中にビルマにおいて日本軍に拷問され、口を割らずにラングーン鉄道で線路を敷かされた経験があるらしい。またそんなことをした日本人に対して、日本人は良いカメラを作るとも言及している。
他にも、周囲に翻弄される禿げのマフリー大統領、血気盛んに核爆弾と共に殉職する爆撃機パイロット・キングコング少佐等、印象的な登場人物が登場する。
[編集] あらすじ
注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。
冒頭にアメリカ空軍による、映画はフィクションであり、現実には起こりえないとの解説がつく。
アメリカ戦略空軍基地の司令官が精神に異常をきたし、指揮下のペルシャ湾から北極海にかけて配備されていたB-52爆撃機の34機にソ連への核攻撃(R作戦)を命令する。なおこの爆撃機のそれぞれには第二次世界大戦で使用された全爆弾・砲弾の16倍の破壊力に当たる50メガトンもの核兵器が搭載されている。
それを知ったアメリカ政府首脳部(大統領、軍高官、異常な性格の科学者など)は、会議室にソ連大使を呼んで対策を協議する。ソ連首脳とのホットラインで、ソ連は攻撃を受けた場合、報復として地球上の全生物を放射性降下物で絶滅させる爆弾を自動的に使用することが判明する。(この爆弾はドゥームズデイ・マシン、「皆殺し」装置と呼ばれている。)密かにこのようなものを配備したことを非難するアメリカ側に、ソ連側は「近日公表する予定だった」と悪びれない。この協議が続いてる間にも爆撃機は進撃を続けている。
爆撃機の一般通信回路は敵の誤略電波に惑わされないためにCRMとよばれる特殊暗号装置に接続されていて、この装置は通信をまったく受け付けない。そのため爆撃機を引き返させることは不可能である。例外として三文字の暗号を送信することによってこの装置を解除できる。その暗号はリッパー将軍しか知らない。
アメリカ政府はリッパー将軍から無線通信の暗号を聞き出すために、将軍の基地から手近な空挺部隊を動員、攻撃を仕掛けるが、将軍が事前に基地の200メートル以内に近づく人および物体は全て敵だといって攻撃をするよう基地内のアメリカ兵に指令を出していたため、アメリカ軍同士による戦闘が開始される。なかなかリッパー将軍のところまでたどり着くことができない。
いよいよ空挺部隊がリッパー将軍の執務室に迫ってきたという時、将軍は水にフッ素が混入しているのは共産主義の謀略だとマンドレイク大佐に話す。また大佐に日本人から拷問を受けた話を聞き、自分は拷問に耐えられそうもないと言ってバスルームで自殺する。
その後、マンドレイク大佐によって爆撃機のCRM装置の暗号が解読される。これにより、大半の爆撃機は爆撃を中止して基地へ引き返し、残りの数機もソ連によるミサイル攻撃によって撃墜されて、世界の破滅は避けられたと思われたが、コング少佐の機はミサイルの爆発が原因でCRMの自爆装置が作動し無線機が大破。帰還命令を受信出来ない。その上、燃料漏れがひどいので当初の目標地点に到達かなわず、「適当な」ミサイル基地への攻撃に切り替え、ソ連への核攻撃を行ってしまう。核爆弾の投下口が開かない非常事態に、熱血漢コング少佐は身を挺して故障を直し、そのまま核爆弾にカウボーイのように馬乗りになったまま落ちてゆく。
皆殺し装置が間もなく起動し、人類を含む全生物が10ヶ月以内に絶滅することに一同が暗澹とする中、選抜された頭脳明晰な男性と性的魅力のある女性を地下の坑道に避難させることにより人類はこの期に及んでも存続できるとストレンジラヴは熱弁する。ラストは甘い主題歌『また会いましょう』が流れる中、核爆発の映像が繰り返し流され、核戦争を暗示させるシーンで終わる。
[編集] 演出
セラーズが大統領とマンドレイク大佐とストレンジラヴ博士の、1人3役を熱演した。当初はキングコングも演じて、4役になる予定もあったがセラーズは断った(撮影テストは行われたらしい。セラーズのパイロット姿のスチル写真が残っている)。しかし代役のピケンズの演技が余りにも素晴らしく、後にセラーズは大いに悔しがった。
本作については、俳優の演技や物語そのものよりキューブリックの演出に対する評価が極めて高い。
冒頭の、空中給油を背景に下手な手書きの文字が浮かぶ不思議なタイトルクレジット(Pablo Ferroによる)からして観る者を魅了する。最後の余りに唐突な終局は、破滅的ではあるが寧ろ爽快でもある。爆撃機のコクピットや非常用の荷物の点検シークエンス等、細部の拘りも評価された。
本作はキューブリックでなければ成し得なかった作品と言える。「映画史上最大の天才」と謳われるキューブリックの並外れた怪物的才能が存分に発揮され、その渾身の演出が堪能できる映画である。
なお、撮影途中で主演セラーズが交通事故に遭い、マンドレイク大佐の義足が外れて歩くことができなくなるシーンや、ストレンジラヴ博士が車椅子で登場するシーンなど、演出上の混乱をのり越えて制作された。
[編集] 邦題について
本作は題名が長すぎるため、邦題では『博士の異常な愛情』と略して呼ばれる事が多い。これは、原題の『Dr. Strangelove』を生かした言葉である。Strangeloveとは人名であり、原題に忠実に従えば、『ストレンジラヴ博士』、もしくは『ドクター・ストレンジラヴ』となる。現行の邦題は、人名を敢えて強引に直訳して題名に織り込んだ格好となる。このため、「『博士の異常な愛情』と言う邦題は誤訳であり、断じて認めない」と反発して、本作を『ストレンジラヴ博士』と呼ぶ意固地なファンは、決して少なくない。
また、最も長い日本語の映画の題名と思われがちだが、それは誤りで、最長は『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者たちによって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』である。
[編集] 変更された箇所
上映直前のジョン・F・ケネディ大統領暗殺に起因すると見られる脚本からの変更箇所が、完成版には少なくとも2つ有る。
- 劇中コング少佐による荷物の点検シーンの最後は「これならダラスでたっぷり遊べるよ」という台詞が「ベガスで」に置き換えられた。
- プレビュー時、作品のラストは作戦室でのパイ投げシーンだった。キューブリックはスニーク・プレビューの反応と、それはコメディではなくファース(笑劇)だという理由でカットしたと述べているが、ジョージ・C・スコットは「ケネディ暗殺で全部カットされた」と言及している。
[編集] 出演者
- ライオネル・マンドレイク、マーキン・マフリー、ストレンジラヴ - ピーター・セラーズ
- バック・タージドソン - ジョージ・C・スコット
- ジャック・D・リッパー - スターリング・ヘイドン
- T・J・キングコング - スリム・ピケンズ
- バット・グアノ - キーナン・ウィン
- デサデスキー - ピーター・ブル
- スコット - トレイシー・リード
- ロザー・ゾッグ - ジェームズ・アール・ジョーンズ
[編集] 受賞
- NY批評家協会賞
- 監督賞
- 英国アカデミ-賞
- 作品賞総合部門
- 作品賞国内部門
- 美術賞モノクロ部門
- 国連賞
- また、男優賞国内部門、男優賞国外部門、脚本賞候補。
- アカデミー賞
[編集] 関連項目
- B-52爆撃機-初期型が作中に登場。
[編集] 外部リンク
拳闘試合の日 (短編) | 非情の罠 | 現金に体を張れ | 突撃 | スパルタカス | ロリータ | 博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか | 2001年宇宙の旅 | 時計じかけのオレンジ | バリー・リンドン | シャイニング | フルメタル・ジャケット | アイズ・ワイド・シャット
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