尺八
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「尺八」の名は、作られているものの長さの多くが一尺八寸であることに由来する(ただし、それより長いものも短いものも存在する)。竹の根元を使い、7個の竹の節を含むようにしてつくる。笛と同様に、上部の歌口に息を吹きつけて音を出す。指の穴は前面に4つ、背面に1つ。
江戸時代頃に成立したといわれ、普化宗に属する虚無僧が演奏して回った。なおこの頃には、建前上は一般の者は吹いてはいけなかったが、実際には尺八をたしなむ者はいた。明治時代以降には、普化宗が廃止されたことにより虚無僧以外の者も演奏するようになった。代表的な流派として都山流と琴古流がある。
尺八に似た西洋や南米起源の楽器として、フルートとケーナがある(ブロックを持たないエアーリード楽器である点などで似る)。
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[編集] 楽器の構造
[編集] バリエーション
尺八には長いものや短いもの、さまざまな長さがあるが、最も多く使われているものは、名前のとおり一尺八寸管である。次に一尺六寸管が多く使われる(全音ぶん高い音であり、春の海で使われるのはこれ)。半音ぶんずつ寸刻みで一尺一寸管~一尺九寸、二尺~二尺四寸管も存在するが、上記2種に比べると使用頻度は稀である。
ごく稀に、7つの孔を開けた七孔尺八もあり、素早いフレーズの演奏に向くとされる。
また内部構造について、「現代管」と「古管」に大別される。「現代管」は「地塗り管」とも呼ばれる。現代管では管の内側に残った節を削り取り、漆を塗ることで管の内径を精密に調整している。これにより音が大きくなり、正確な音程が得られる。
「古管」は「地無し管」とも呼ばれ、管の内側に節による突起を残し、漆地も塗らない。正確な音程が得られないため、奏者が音程の補正をする必要がある。一本一本が独自の響きを有する。
最近では合成樹脂管の『悠』、特殊加工されたプラスチック管『NOBLE管』など安価(1万円以内)で良質の竹と変わらない性能を持つ尺八も販売され、学生を中心に使用されている。
[編集] フルートやリコーダーとの比較
- フルートに似た楽器ながら、横ではなく縦に持って吹奏する。
- フルートと同じく、奏者が自らの口形によって吹き込む空気の束を調整をしなければならない。歌口の装置(ブロック)によって簡単に吹けるリコーダー(いわゆる「縦笛」)とは異なる。指の穴の少なさ等がフルートとの相違点である。
- 唇と楽器との距離を変化させることで、音程の変化が可能である。範囲は開放管(指で穴を押さえない)の状態に近いほど広くなり、半音4個ぶん以上にもなる。奏者の動作としては楽器と下顎(下唇よりやや下)との接点を支点にして顎を引いたり(沈めたり)、顎を浮かせたり、あるいは首を横に振るかたちに近い。これによるビブラートは、フルートの息の流量変化によるものとは異なり、独特の艶を持つ。(「ユリ」と呼ばれる)
- フルートと同じく息の流量変化によるビブラートも使用される。(「息ユリ」と呼ばれる)
- 指で穴(手孔、孔などと呼ぶ)を押さえる度合いにより音程の変化が可能である。西洋の12音音階を演奏するには必須の運指となる。いずれも滑らかな変化(ポルタメント)も可能であり、楽譜上にも表記される。
穴を指で押さえない場合の音程は一尺八寸管で西洋音階のD、一尺六寸管でEにあたり、全部押さえた場合はその1オクターブ下で、これが基本の最低音である(前述の奏法により、さらに半音2つぶんまで低い音程を出すことがある)。
口腔内の形状変化や流量変化等により、倍音構成はよく通る音色や丸く柔らかいものなど、適宜変化させることができる。この点はトランペットなどにも共通する。
尺八は楽曲や奏法上、フルートに比べ非整数次倍音を多く含むことが多い。これは独奏または同声音楽楽器としての特徴であり、オーケストラなど和音進行を重視した西洋楽器では、不純物として積極的に排除された要素である。
[編集] 出せる音程の範囲と基本的な音階
基本的には2オクターブ強であり、その上に約1オクターブがある(用いられる頻度は少ない)。オクターブ上の音程は2,3,4,5,...倍音により得る。
シンプルな運指においては、陽音階や律音階となる。基本的な運指において、西洋の12音音階すべての演奏が可能である(ただしごく一部の音程は正しい周波数を得るのに熟練を要する)。
[編集] 記譜法
[編集] 音高の指示
- 一尺八寸管
- 都山流:「ロ、ツ、レ、チ、ハ」がそれぞれ西洋音階のD、F、G、A、Cの音程を示す。
- 琴古流:「ロ、ツ、レ、チ、リ」がそれぞれ西洋音階のD、F、G、A、Cの音程を示す。
- 一尺六寸管
- 都山流:「ロ、ツ、レ、チ、ハ」がそれぞれ西洋音階のE、G、A、B、Dの音程を示す。
- 琴古流:「ロ、ツ、レ、チ、リ」がそれぞれ西洋音階のE、G、A、B、Dの音程を示す。
[編集] 都山流記譜法(音高以外の指示)
五線譜との共通点は、音符、休符、BPMや拍子記号の存在と、1小節ごとの区切りである。また、強弱記号、タイ、反復記号といった多くの五線譜演奏記号もそのまま利用する。縦書きである。音符は片仮名と漢字で表記されるが、書体は記号や絵文字に近い独特のものである。
オクターブの移動は特定の音程間で暗黙のうちに行われる。明示的あるいは一時的(その音符のみ)なオクターブ移動記号もある。音の長さを示す「音符の右の線」にやや多義性がある。このため解読には音符単体ではなく続く1個以上の音符の情報を文脈として要することがある(とはいえ、1小節内の情報で充分である)。
また、一部の曲では、楽章ごとの曲想に関するコメントに、西洋にはない独特のものが見られる。スラーに関しては、タンギングによるテヌートや、スタッカートを明示しない限りは、暗黙に全てスラーとされることが多い。曲によっては暗黙にシャッフルビートとして読むことも多い。アーティキュレーションにおいては、あたかも全ての音符が滑らかに繋がっているかのような強弱、緩急が基本とされる。
[編集] 楽曲の種類
[編集] 古曲
中世~近代(明治以前)の筝曲や地唄用の楽曲を、尺八向けに編曲したもの。本来尺八のために書かれた曲でないので、本曲に対して外曲(がいきょく)とも言われる。箏曲の筝や地唄の三弦との合奏曲が多く、三曲合奏で用いられる曲。
[編集] 本曲(ほんきょく)
伝統的な尺八の独奏、または尺八二重奏曲である。
- 琴古流本曲 :中世~近代(明治以前)に作られた曲で、初代黒沢琴古が日本各地の虚無僧寺に伝わる楽曲をまとめたもの。
- 巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ)、鹿の遠音、一二三鉢返、三谷菅垣、真虚霊など。
- 都山流本曲 :中尾都山らが作曲した現代曲、尺八独奏曲または尺八二重奏曲をさす。
[編集] 現代曲
明治時代以降、西洋音楽の要素を取り入れて作曲されたもの、現在ではきのはち、藤原道山、ZANなどのアーティストが活躍している。
春の海(宮城道雄作曲、1929年)も現代曲である。ただし、現代曲の中でも、宮城道雄の楽曲は既に『宮城曲』として古典的スタンダードとして扱われることも多い。 また、武満徹の作品ではしばしば尺八や他の日本の民族楽器が用いられ、西洋の管弦との協奏をすることがある。
『現代邦楽』、『現邦(げんぽう)』とも称せられる。
[編集] 呼称
- 西洋での呼称: 「Shakuhachi」が用いられる。「Bamboo Flute」と呼ばれることもある。
- 略称: トランペットの奏者の間での略称が「ペット」「ラッパ」であったりするように、奏者の間では尺八の略称として「竹」とだけ呼ばれることもある。
[編集] 合奏
尺八は独奏楽器でもあるが、尺八二重奏や、他の和楽器との合奏もまた多い。因みに三味線、箏と合奏するようになったのは普化宗が廃止され庶民に普及した明治以降である。
[編集] 尺八を用いた代表的な楽曲
- 中世~近代の本曲
- 巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ) (琴古流本曲)
- 鹿の遠音 (琴古流本曲) ※琴古流本曲唯一の尺八二重奏
- 一二三鉢返 (琴古流本曲)
- 三谷菅垣 (琴古流本曲)
- 呼び竹受け竹 (古典本曲)
- 雲井獅子 (博多一朝軒所傳)
- 明治以降の現代邦楽