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展覧会の絵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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組曲「展覧会の絵」てんらんかいのえ)はロシア国民楽派を代表する作曲家、モデスト・ムソルグスキーによって、1874年に作曲されたピアノ組曲。友人であったヴィクトル・ガルトマン(ヴィクトル・ハルトマンとも)の遺作展を歩きながら、そこで見た10枚の絵の印象を音楽に仕立てたもので、ロシアにとどまらずフランス、ローマ、ポーランドなどさまざまな国の風物が描かれている。また、これらの10枚の絵がただ無秩序に並ぶのではなく、『プロムナード』という短い前奏曲あるいは間奏曲が5回繰り返して挿入されるのが特徴的で、このプロムナードはムソルグスキー自身の歩く姿を表現しているといわれる。『プロムナード』、『古城』、『雛の踊り』、『ビドロ』、『バーバ・ヤーガの小屋』、『キエフの大門』、など覚えやすいメロディーと緩急自在の構成(ユーモラスな曲、優雅な曲、おどろおどろしい曲、重々しい曲など)から、ムソルグスキーの作品の中でももっとも知られた作品の一つである。

また、古今東西の多くの音楽家によりさまざまな編曲がなされているのも特徴で、ラヴェルによる管弦楽への編曲の他、エマーソン・レイク・アンド・パーマー (ELP)によるロック版、冨田勲シンセサイザー版、山下和仁のギター・ソロ版などが有名である。また、この音楽を主題にしたカンディンスキーの舞台芸術や、手塚治虫の実験アニメーション(音楽は冨田勲編曲による。ただしシンセサイザー版とは別)なども知られている。

目次

[編集] 組曲の構成

絵の印象を描いた10曲と、『プロムナード』5曲、『死者とともに死者の言葉で』の16曲からなる。ただしラヴェル版は 6. と 7. の間のプロムナードが削除された15曲。『死者とともに死者の言葉で』は『プロムナード』の変奏であり、6番目の『プロムナード』と位置づけることもできる。

曲名 原題
プロムナード Promenade
1 小人(グノーム) Gnomus
プロムナード Promenade
2 古城 Il vecchio castello
プロムナード Promenade
3 テュイルリー - 遊びの後の子供たちの口げんか Tuileries - Dispute d'enfants après jeux
4 ビドロ Bydlo
プロムナード Promenade
5 卵の殻をつけた雛の踊り Ballet des poussins dans leurs coques
6 サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ Samuel Goldenburg und Schmuyle
プロムナード Promenade
7 リモージュの市場 Limoges - Le marche
8 カタコンブ - ローマ時代の墓 Catacombae - Sepulchrum Romanum
死者とともに死者の言葉で Cum mortuis in lingua mortua
9 鶏の足の上に建つ小屋 - バーバ・ヤーガ La cabane sur des pattes de poule - Baba-Yaga
10 キエフの大門 La grande porte de Kiev

[編集] 作曲と編曲の経緯

[編集] 原典版(自筆譜)

モデスト・ムソルグスキー
モデスト・ムソルグスキー

ムソルグスキーは音楽史などでは「ロシア5人組」と呼ばれる音楽家集団の1人として良く知られているが、ムソルグスキー1人に限って見ると、後年になるほどウラディーミル・スターソフの影響がきわめて大きい。スターソフはロシアの芸術史研究家であり評論家であったが、指導者的な面もあり、多くの若い芸術家の慈父のような役割を果たした。そして彼のサロンには、音楽、絵画、建築、彫刻家などが集まり、ロシア固有の芸術を探求する空気が醸成されていた。

ヴィクトル・ハルトマン
ヴィクトル・ハルトマン

1870年頃、ムソルグスキーはヴィクトル・ハルトマン(ガルトマン)という建築家であり画家でもある男と出会い、交友を結ぶ。しかし1873年8月4日、ガルトマンは動脈瘤が原因で急死してしまう。ムソルグスキーの落胆ぶりは大きく、残された手紙などによると、ガルトマンの体の異常に気づきながら友人としてなすべきことをしていなかったのではないかと、自責の念にかられている様子がわかる。一方、スターソフはガルトマンの遺作展を開くことにした。ガルトマンの作品を整理することと、ガルトマン未亡人のための資金援助が目的であったと思われる。遺作展は、1874年の2月から3月にかけて、母校であったペテルブルク美術アカデミーにおいて400点の遺作を集めて大々的に開催された。

ファクシミリ版17ページ。「カタコンブ」と「死者とともに死者の言葉で」
ファクシミリ版17ページ。「カタコンブ」と「死者とともに死者の言葉で」

その展覧会から半年後の1874年7月4日、ムソルグスキーは『展覧会の絵』を作曲する。作曲作業の遅いムソルグスキーにしては珍しく、わずか2-3週間足らずで一挙に作曲された。この自筆譜は、現在はレニングラード国立公共M. J. サルティコフ・シェッシュドリン図書館に保存されている(手稿本部門、M. P. ムソルグスキー基礎資料502番、文書番号129)。いわゆる自筆譜とかファクシミリ版と呼ばれているものである。なお原典版・原曲といった場合、本来はムソルグスキーの自筆譜(またはファクシミリ版)を指すが、むしろ、パヴェル・ラム校訂版が原典版として広く受け入れられている。

[編集] ムソルグスキーの死とリムスキー=コルサコフ版

しかし、この「展覧会の絵」はムソルグスキーの生前は、一度も演奏されず、出版もされないままであった。そして1881年3月28日、ムソルグスキーはアルコール中毒と生活苦から衰弱してこの世を去る。今日よく知られる彼の肖像画は、死の3週間ほど前、スターソフの元でやはり懇意であったイリヤ・レーピンの筆によるものである(レーピンは『ヴォルガの舟曳き』で有名なロシア・リアリズムの画家)。

リムスキー=コルサコフ版初版表紙
リムスキー=コルサコフ版初版表紙

幸いにもリムスキー=コルサコフがムソルグスキーの遺稿の整理に当たった。そして、『展覧会の絵』のピアノ譜が1886年に出版され、ついに日の目を見る。ただし、リムスキー=コルサコフの改訂が目立つため、現在は「リムスキー=コルサコフ版」として、原典版とは区別されている。改訂は、ムソルグスキーの原典版があまりに荒削りであり、また当時の感覚では非常識な部分があったためと言われており、時にはリムスキー=コルサコフがムソルグスキーの音楽を理解していなかったからだとさえ言われている。しかし、ムソルグスキーの楽曲を世に出した意味は大きく、5人組の中で、リムスキー=コルサコフが最もその音楽の素晴らしさを認識していた証左といってよい。

モーリス・ラヴェル
モーリス・ラヴェル

[編集] ラヴェル版

ムソルグスキーの残した音楽の多くは未完成のものが多かったが、後にさまざまな音楽家がこれを補筆もしくは改訂や編曲をして世に出した。とりわけ、1922年にフランスのラヴェルが『展覧会の絵』を管弦楽へと編曲をしたことは重要である。これによって、一挙にムソルグスキーの『展覧会の絵』が有名になったからである。

ラヴェルはボストン交響楽団の指揮者クーセヴィツキーの依頼で編曲にとりかかるが、当時、フランスの音楽家(サン=サーンスドビュッシー、ラヴェルなど)にムソルグスキーの和音を多用する様式が高く評価されつつあったこと、ムソルグスキーのピアノ曲は管弦楽曲を作るための習作のような作りであったことなどから、二つ返事で引き受けたようである。ラヴェルはリムスキー=コルサコフ版を元に編曲を開始し、「オーケストラの魔術師」という二つ名に恥じない実に見事な編曲をした。とりわけ、トランペットで始まる『プロムナード』に象徴されるように(ファンファーレ的な出だし)華やかな色彩を与えることに成功した。泥臭い『展覧会の絵』に新しい生命を与えることに成功したと言ってもよいだろう。

[編集] リヒテルのソフィア・ライブ(原典版の復活)

一方、原曲(ピアノ曲)の方は、ラヴェル編の人気に引っぱられるようにして、少しずつ演奏されるようになってきた。が、難曲であったため、これを弾けるのは「ヴィルトゥオーゾの証明」のような扱いになりかけていたし、むしろ管弦楽版が原曲であるかのような扱いでもあった。しかも、演奏されることはあってもリムスキー=コルサコフ版であり、原典版-真のムソルグスキーの楽曲-ではなかった。そうした中、ロシアのピアニスト、リヒテルのレコードが新しい扉を開く。1958年のことである。

当時はアメリカとソ連(現在のロシア)の対立が激化し、東西冷戦の真っ最中である。ロシアのピアニストたちは高い評価を得ていたが、そのレコードや演奏が西側諸国で聞ける機会はなかなかなく、リヒテルも幻のピアニストと言われていた。そのリヒテルのソフィア(ブルガリアの首都)でのコンサート録音がレコードとして発売された。曲目の中に『展覧会の絵』があった。西側諸国ではまだ殆ど聴くことができなかった原典版に忠実な演奏であった。リヒテルのすさまじいばかりの演奏技術も衝撃的で、これが原典版がメジャーになるきっかけと言って良い。

現在、入手可能なCDやレコードを整理すると、この1958年を境にして、『展覧会の絵』のピアノ曲の録音が、リムスキー=コルサコフ版から原典版へとがらりと切り替わるのがよくわかる。原典版は、ラヴェル編曲版とは違いロシア臭が強く、強烈な個性がある。無論、演奏するには難曲であることに替わりはないが、ラヴェル版のピアノ編曲のようになりがちであったピアノ原曲が、ラヴェル版にはない魅力を持ったものになった。そして、ラヴェル版に負けず劣らぬ人気の曲になった。

[編集] ELPのロック版とそれ以降の発展

1971年、イギリスのプログレッシブ・ロックの雄、エマーソン・レイク・アンド・パーマー(略称ELP)が『展覧会の絵』のライブレコードを出す。センセーショナルであった。

ロックという全く新しい音楽を作ろうとしているグループが、クラシックの曲をシンセサイザーやエレキギターでアレンジしてしまった。しかも、ロックとしても面白い音楽になっていた。それまでも『展覧会の絵』はいろんな編曲が出されていたが、クラシックの中だけでの話であり、それもありきたりのアイデアの範囲から出なかった。

このELP以降、一挙に様々なアレンジが出てくる。冨田勲のシンセサイザー版(1974年)、山下和仁のソロ・ギター版(1981年)などは世界的にも大きな影響を与えた。このほか、オルガン版や吹奏楽版、マンドリン版などの人気も高く、現在もさまざまな録音が次々と出ている。

また1991年、NHKスペシャル「革命に消えた絵画・追跡・ムソルグスキー“展覧会の絵”」が放送される。團伊玖磨の進行で、ガルトマンの絵のうち『展覧会の絵』のモチーフとなった10枚の絵がすべて明らかにされる。『展覧会の絵』の謎解きの核心にせまった番組であった。学問的な手続きが不十分であるという批判もあるが、それまでガルトマンの絵の研究はほとんどされていなかったので、先駆的な仕事であったと言って良い。また《ビドロ》という言葉の意味や音楽的な印象などから絵を推理していく「面白さ」は画期的であった。

[編集] さまざまな編曲

最も有名な編曲はラヴェルのオーケストレーションによるものであり、オーケストラの演奏会で取り上げられる演目のほとんどはこの版だが、他にも多くの版が存在する。ラヴェル以降に作られた管弦楽版は、ラヴェル版(またはラヴェル以前に作られたリムスキー=コルサコフ版)を参考にしているものが多く、その影響はきわめて大きい。

冨田勲の二つの編曲版のうち、管弦楽版は手塚治虫の実験アニメーションのために書き下ろした作品である。これは手塚がラヴェル版を用いようとしたところムソルグスキーの著作権は消滅していたもののラヴェルの著作権が生きていることが判明し(1998年まで)、デュラン社から膨大な使用料を要求され予算を超えてしまったためやむなく取り下げ、代わりに冨田に依頼したという経緯がある。冨田はわずかに1週間でこの編曲を仕上げたという。

[編集] 管弦楽版

[編集] 協奏曲・室内楽

  • ロランス・レナード版(ピアノ協奏曲)
  • エミール・ナウモフ版(ピアノ協奏曲)(曲中にオリジナルの部分を含む)
  • ジュリアン・ユー

[編集] 吹奏楽版

  • マーク・ハインズリー版(ラヴェル版を基にしている)
  • ロジェ・ブトゥリー版(ラヴェル版を基にしている)
  • エルガー・ハワース版(金管アンサンブルと打楽器)
  • サイモン・ライト版
  • スティーブン・ロバーツ版
  • 平石博一版(金管アンサンブルと打楽器)
  • 高橋徹版(プロ野球選手・NHKアナウンサー・社会学者などの同姓同名の人物とは別人)
  • ジョン・ボイド

[編集] 器楽曲

  • ホロヴィッツ版(ピアノ独奏。原曲ではなくラヴェルの管弦楽版を参考に、より超絶技巧性を持たせたもの)
  • 田中範康版(オルガンと打楽器アンサンブル)
  • チャールス・シフ版(独奏チェロとピアノ)
  • クリスティアン・リンドベルイ版(独奏トロンボーンとピアノ)
  • 菅原淳版(打楽器アンサンブル)
  • 長生淳版(独奏サクソフォン(複数持替)とピアノ)
  • 山下和仁版(ギター独奏)
  • 音楽三昧版(いろいろな楽器(リコーダー類、擦弦楽器類)のアンサンブル)
  • トーマス・ウィルブラント版(いろいろな楽器(木管楽器、金管楽器、打楽器、擦弦楽器、ピアノ、*オンド・マルトノ)のアンサンブル)
  • サミュエル・ラングマイヤー版(バイオリン、ギター、コントラバスによるアンサンブル)

[編集] その他

[編集] モチーフとされているガルトマンの絵

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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