日本世直し党
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[編集] 概要
- 1983年5月、参議院選挙に比例代表制が導入されたことを受け、政治運動家重松九州男が自らが主宰する「日本世直し会」を母体に結成した政治団体である。
- 代表は重松九州男。党役員等は不明。
- 参議院選挙に重松代表をはじめ兼松耕作(かねまつこうさく)ら公認候補者をたびたび擁立。重松は衆議院議員選挙にも同党公認で立候補。
- 「日本版緑の党」・「新渡戸稲造武士道実践政党」を称し、リベラル左派系の政策を掲げる。
- 選挙では汚職・政治腐敗打破、行政改革、不公平税制の是正、消費税反対、総理大臣の直接選挙、議員定数削減・医療の無料化、女性の地位向上、グローバリズム、反戦・反核、軍事大国化反対、元慰安婦や樺太残留朝鮮人への国家補償などを訴えていた。
- 選挙は毎回全候補者が落選し、すべて供託金没収であった。いわゆる「ミニ政党」の中でも弱小であり、得票が伸びなかった。
[編集] 選挙結果
- 1983年7月 第13回参議院議員通常選挙比例代表区に重松が名簿搭載順位第1位で立候補し落選。得票数34715。選挙区にも計9人の候補者を擁立するも全員落選。
- 1986年7月 第14回参議院議員通常選挙比例代表区に重松が名簿搭載順位第1位で立候補し落選。得票数68972。選挙区にも計9人の候補者を擁立するも全員落選。
- 1989年7月 第15回参議院議員通常選挙比例代表区に重松が名簿搭載順位第1位で立候補し落選。得票数43048。ほかに比例代表区8人・選挙区1人の候補者を擁立するも全員落選。
- 1992年7月 第16回参議院議員通常選挙比例代表区に重松が名簿搭載順位第1位で立候補し落選。得票数46713。選挙区にも計9人の候補者を擁立するも全員落選。
- 1995年7月 第17回参議院議員通常選挙比例代表区に重松が名簿搭載順位第1位で立候補し落選。得票数49680。選挙区にも計9人の候補者を擁立するも全員落選。
[編集] 現在
- 1995年7月の第17回参議院議員通常選挙を最後に選挙への候補者擁立はなく、現在も存在しているかは不明。