泡沫候補
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
泡沫候補(ほうまつこうほ)とは、選挙で当選する見込みが極めて薄い選挙候補者。特殊候補、インディーズ候補とも呼ばれる。英語では一般に、minor candidateと呼ばれる。
目次 |
[編集] 概説
「立候補しても泡のように消えてしまい落選する候補」という意味からつけられており、候補として立候補する以外に政治的活動があまり注目されない場合にそう呼ばれることが多い。やや侮蔑的な形容であると一般に考えられている。
選挙に立候補しても法定得票数未満や供託金没収点未満となる事例が大半である(供託金制度がない国もある)。しかし、最初は泡沫候補と呼ばれていても、選挙活動を通じて大きく注目されて、有力候補になったり選挙に当選したりする事例も極稀に存在する。かつては大物政治家であった人物でも、曲折を経て当選の見込みが極めて薄くなっている場合は泡沫候補と呼ばれることがある。
日本では地盤(後援会)、看板(肩書き)、鞄(資金)の三バンが揃っていない候補者ほど泡沫候補と呼ばれる傾向がある。
東京都知事選挙では多数の泡沫候補が立候補する傾向にあり、近年では1991年に16人、1999年には19人、2007年には14人がそれぞれ立候補している。
かつては参議院議員選挙の東京選挙区にも多数の泡沫候補が立候補し、1995年の参院選は改選議席4に対し、72人が立候補した。これには、選挙の確認団体となるには一定の候補者をそろえる必要があり、そのために、比例区よりも供託金の比較的安い選挙区を選んだことも要因の一つである。比例票の積み増しも狙ってか都市部での出馬が多く、明らかに当選の見込みが薄いにもかかわらず定数いっぱいに候補者を立てることも多かった。
[編集] 実際の政治活動
候補者の中には、荒唐無稽な主義・主張を行う者や、ほとんど選挙運動をしない者などが少なからず存在する。
単記非移譲式投票の下では、「次点より低い順位の候補者の得票数は選挙が行われる度にゼロに近づいていく」というデュヴェルジェの法則があり、次点より低い順位の候補者は選挙ごとに泡沫候補化していく傾向がある。
一般的に候補者自身は「泡沫」と呼ばれることを極度に嫌っている。「当選の見込みがない」と言われているも同然なのだから当然といえよう。そこでさまざまな言い換えが試みられている。大川興業総裁大川豊は、大政党からではなく無所属やミニ政党(多くの場合、候補者自身が代表)所属で出馬する彼らに敬意を表して「インディーズ候補」と呼んでいる。この呼び方は著書の中で頻繁に使われ、好事家の間で普及している(これは、「メジャーな」候補に対する対立概念ととらえられるだろう)。また、泡沫候補が報道される際、所属党派名が省略され「諸派」「無所属」と扱われることから「しょむ系候補」(諸無系候補)と呼んでいるサイトもあるが、さほど定着しているとはいえない。
[編集] マスコミでの扱い
公職選挙法により、マスメディアは特定の候補を差別することは禁じられている(評論として批判や評価することは認められている。また、ニュース価値の判断から、結果的に扱いに差が生まれても違法ではないとされる)。しかし、多くのマスコミは、選挙報道で候補者による扱いに差別を設けている。たとえば新聞・テレビなどの報道では、有力候補は細かい政策や選挙活動のレポートなどを報じるが、特定の候補は最低限の立候補情報のみしか報じない、という差別が常態化している。
岩瀬達哉が森岡健作名義で発表した「泡沫候補撃退マニュアル!!」(『別冊宝島356 実録! サイコさんからの手紙』宝島社に収録、一部は岩瀬達哉『新聞が面白くない理由』講談社にも収録)によると、1967年の衆院選を前に、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞の三社は法務省、自治省と共謀の上、泡沫候補を紙面から閉め出すための取り決めを行ったという。記事での締め出しだけではなく、選挙広告の拒否も「泡末締め出しで最もやってもらいたい」(原文ママ、法務省担当者)とされた。このカルテルは1977年ころ立ち消えになったが、内容はほぼ引き継がれているという。
岩瀬が朝日新聞社の内部文書として示した文書によると、朝日は三社の中でも最も泡沫候補の排除に力を入れている。同文書では、候補者を3つに分け、それぞれ報道に格差をつけるよう指示している。
- 一般候補
- 政党などに属している候補者、または諸派・無所属でも現職及びその後継の候補者。
- 準一般候補
- 当選の可能性は別として、まじめなミニ政党などの候補者。
- 特殊候補
- 売名や営利などに利用したり、自己実現的欲求を満足させるために数々の選挙に立候補、あるいは自己の政見を述べるよりも、他の候補に対する妨害や支援を主目的にするなど、候補者としての客観的な評価が認められない候補。
このように区分した上で、「特殊候補」を紙面からなるべく排除するように指示。さらに、具体例として
『主要六政党の候補者に聞いた』『立候補した六人のうち有力四候補の意見を紹介』『主な候補の一日を追うと――』などの表現を入れ、ある特定候補があたかも立候補していないかのように扱ったわけではないことを断る
などの手法を挙げている。これらは、実際に紙面でしばしば用いられている。
さらに、特定候補の締め出しについての社外からの問い合わせには
『毎日の紙面はニュース価値によって新聞社が扱いを決めている。紙面スペースなどとの兼ね合いで決まる』『届け出一覧などの公報的役割の記事では平等な扱いだ』『インタビューなどの企画ものは、誰にインタビューするかなどは新聞編集権の範囲だ』『これらの扱いは、公選法一四八条の報道・評論の自由として裁判上も定着している』
と説明するよう指示しているという。
[編集] 報道姿勢への対応
岩瀬の取材に対し、朝日新聞社は事実上取材を拒否している。ただし、「特殊候補」については、その締め出しは「選挙報道に関する確立された判例をいくつか参照」すれば何ら批判される行為ではないと回答があった。他の新聞・テレビなどの報道でも、候補者の扱いは厳然と区別されており、同様の取り扱いの内部規定が存在するのはほぼ確実と思われる。
その一方で、小田全宏(松下政経塾出身)らによるリンカーン・フォーラムや青年会議所が中心となって開催される「候補者討論会」「候補者合同個人演説会」などでは、公然と泡沫候補の徹底排除を指示している。すなわち、泡沫と認定した候補者は討論会に呼ばず、来ても排除するために独自のマニュアルを作成している。
しかし、特定候補を批判するのではなく、存在自体を無視したやり方は選挙の公正を害しており、許されないとの批判もある。岩瀬は公職選挙法違反の疑いありとしている。岩瀬によると、ニュース価値の大小による候補者の扱いの差異は容認されていても、特定候補を「特殊候補」として密かに排除していた実態について、司法の場で検証されたことはないという。
また、その候補者がまじめか売名目的かといった基準は、結局主観に左右されるため、実際にはその候補者の得票予測で基準が設定されていると見られている。
ただし、候補者の内容にかかわらず、法律上の政党要件を満たした政党公認を受けたり当選の可能性が高い候補者を排除することはない。また、それまでの選挙で「特殊候補」として無視されていても、その候補者が政党の公認を受ければ、「一般候補」としての扱いになる。さらに、選挙戦が一騎打ちとなった場合、片方は普段は無視される「特殊候補」扱いを受けていても、この時だけは政見も含めて報じることもある。一騎打ちでなおかつ片方を「特殊候補」扱いする場合は、「(有力と見なした候補に対する)事実上の信任投票」などと報じられる。
政党については、法律上の政党要件の有無、国会議員所属の有無が大きな評価基準となっている。たとえば、新社会党は1998年の参院選までは議席を持っていたので、独自の党名で報じられた。しかし、以降は政党要件と議席を失ったため「諸派」扱いに転落した。政党要件の有無は大きな比重を占めているようで、2005年の衆院選では候補者を立てなかった自由連合(政党要件あり)が議席勢力図には掲載されているのに、新党大地は議席を獲得したにもかかわらず、政党要件を得ていないことから勢力図では「諸派1議席」として扱い、注釈で新党大地としたマスコミもあった。
このような差別が問題とならないのは、まず立候補を利用した選挙違反が存在した経緯が挙げられる。しかしそれ以上に、泡沫候補は勝ち目のない候補であるため、政治的影響力がほとんど無く、黙殺しても社会的な反発を受ける可能性が少ないためであると思われる。有力な候補者(特に自由民主党など政権与党の候補者)は不利に報道されていると感じればすぐ偏向報道であると反論でき、その反論は広く報道される。しかし泡沫候補は反論しても無視されるケースがほとんどであり、朝日新聞社の内部文書でも、リンカーン・フォーラムのマニュアルでも、たとえ選挙違反に訴えると抗議されても無視するよう説いている。
このような二重基準に反発し、他候補(特に現職や相乗りオール与党候補)への批判として、無党派層にも積極的に泡沫候補への投票を呼びかける動きもある。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 公開討論会Q&A 候補者への出席依頼(リンカーン・フォーラムのマニュアルより。泡沫候補を徹底して排除するよう強調している)
- 第26話 「黒い霧」と「張番」と ~政治浄化への挑戦~(元記者による泡沫候補排除の論理)
- 政見マニアック
- しょむ系政治勢力研究会
カテゴリ: 選挙 | 政治 | 政治関連のスタブ項目