板橋 (東京都)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
板橋(いたばし)とは、東京都板橋区本町にある旧中山道が石神井川と交差する地点に架かる橋。なお、近接する国道17号に架かる橋は「新板橋」(しんいたばし)という。
地名としては、板橋区の東部、JR埼京線の板橋駅の北西から、板橋本町駅の辺りまでを指す。
歴史的な地名として、中山道の第一宿で江戸四宿のひとつである「板橋宿」がある。この場合、現在のJR埼京線板橋駅から都営地下鉄三田線板橋本町駅にかけての地域となる。
また、川越街道との分岐点でもあったことから現川越街道、「日大病院入口」交差点から旧道の石神井川に架かる「下頭橋」にかけての場所に「上板橋宿」が設けられた。
上記のことより、中山道板橋宿と川越街道上板橋宿の混同を避けるため、中山道板橋宿の事を武蔵国豊嶋郡下板橋村にあることから「下板橋宿」とも言われた。
この称と共に、中山道板橋宿では本陣・名主屋敷より江戸よりにある「下宿」(しもしゅく)のことを先の「下板橋宿」との混同を避けるため「平尾宿」(ひらおしゅく)と称した。(現在、この「平尾」の地名は旧中山道と国道17号の交差する板橋一丁目の交番名に残っている。)
また、慶応4年(1868年)平尾一里塚で新選組の局長である近藤勇が斬首された。(首塚はない)
今板橋駅東口に建っている供養塔の『近藤勇宜昌 こんどういさみよしまさ』は正しくは【昌宜】である。 右側面には戦死者四十名、左側面には病死者、切腹、変死、隊規違反で処刑された人六十四名の名前が刻まれている。 塔の左には無縁仏があり、右隣には慶応4年に作られた近藤勇の墓がある。 そして塔の建立者・永倉新八の墓もある。(松本良順が建てたとも)
[編集] 関連項目
カテゴリ: 日本の地理関連のスタブ項目 | 板橋区 | 東京23区の地域 | 日本の橋