柳京ホテル
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柳京ホテル | |
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各種表記 | |
チョソングル: | 류경호텔 |
漢字: | 柳京호텔 |
平仮名: (日本語読み仮名): |
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片仮名: (現地語読み仮名): |
リュギョンホテル |
ラテン文字転写: | {{{latin}}} |
英語: | Ryugyong Hotel |
柳京ホテル(リュギョンホテル)とは、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)平壌市普通江区域にある、建設が中断された未完成のホテルである。大韓民国(韓国、南朝鮮)式の朝鮮語読みにしたがえば、「ユギョン~」となる。
目次 |
[編集] 概要
かつての平壌の呼称である「柳京」から柳京ホテルと名付けられた。1987年に起工され、1992年に建設が中断されたままになっている。高さは330mで、完成すればホテルの高さとしては世界一で、建築物の高さとしては世界で7番目になっていた。また、アメリカ合衆国以外では初の100階超のビルとなるはずであった。北緯39度02分11秒東経125度43分50秒に位置している。
日本では主にインターネット上で「世界最大の廃墟」と呼ばれている。
[編集] 建設の経緯
平壌市普通江区域、平壌教員大学の近くにあり、平壌市主要部のいずこからもよく見える特徴的な三角形のフォルムをしている。延べ建築面積は36万平方メートル、北朝鮮の威信をかけた世界一のホテルとして建設され、105階、客室数3000室以上、最上階には三つの回転展望レストランを用意する予定であった。建設段階から、国外へ向けての宣伝を行い、地図にも掲載されていた。カジノを設置し、日本人観光客を誘致する案もあった。
1988年のソウルオリンピックに対抗したとされる、1989年に北朝鮮が開催した世界青年学生祭典に間に合わせようとして起工された。ソウルの63ビルよりも高くすることを目指して105階建てにしたとされる(ちなみに105階というのは、朝鮮労働党書記(現総書記)金正日の教示があった日である10月5日にちなんだそうである)。
1992年に建設が中断され、備品はおろか窓も外装すらないまま放置されている。この中断の原因は資金不足や電源不足、広汎な飢餓のためと推測される。
「Engineering News Record」(1990年11月15日)によると、ホテルの工事費は7億5000万ドルと推測された。ちなみに、北朝鮮の国内総生産は126億ドル(1998年、韓国銀行推定値)であることを考慮すれば、このホテル建設プロジェクトが北朝鮮経済に及ぼした負担の大きさが伺える。柳京ホテルを完工するには専門家の見積もりによるとさらに5億~10億ドルがかかると言う(朝鮮日報2005年6月5日)。ただし、コンクリートの劣化等の事情により、建設継続は不可能と見る専門家も少なくない。
もともと水田が多数存在した川岸の地盤の悪い土地であったという悪条件に追い討ちをかけるように、設計ミスによる建物の傾きが判明し、工事は再開されていない。また現在では、コンクリートのクラックに入り込んだ水分が冬の寒さで凍結膨張をくりかえしたため、一層強度が低下しているともされ、著しく危険であることから現在では立ち入り禁止となり、地図からも削除され掲載されていない。
監視員が常時監視しており、今は観光コースからも外されている。
[編集] 報道
2003年5月6日、テレビ朝日系「ニュースステーション」がこのホテルをテーマにした特集を放送した。
[編集] 外部リンク
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