櫻井哲夫
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櫻井哲夫(桜井哲夫)(さくらい てつお、1957年11月13日 - )は、東京都出身のベーシスト。慶応義塾大学卒業。血液型A型。日本を代表するフュージョンバンド、カシオペアにかつて在籍していたオリジナルメンバー。現在はソロ・アーティストとして活動している。最新作は、2005年2月23日発売のライブアルバム『GENTLE HEARTS TOUR 2004』と同時発売のDVD作品『ジェントル・ハーツ・ツアー 2004 ~Live at Motion Blue yokohama』。
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[編集] 略歴
慶應義塾志木高等学校1年生の時に、野呂一生と出会い、その後カシオペアを結成。1976年、櫻井の提案でヤマハのアマチュア・バンド・コンテスト「EAST WEST '76」に出場。翌年にもカシオペアは出場し、最優秀グループ賞を獲得するなどしてプロへの足がかりを作る。1979年5月25日、日本におけるフュージョンブームの真っ直中、カシオペアはアルバム『CASIOPEA』でレコードデビュー。
カシオペアでのバンド活動と平行して、櫻井は慶應義塾大学に進学。1979年暮れ、二足のわらじを履く日々を送っていたある日、在籍していたゼミの仲間のツテで同大学のジャズのビッグ・バンド「ライト・ミュージック・ソサエティ」から就職試験で出演出来ないベーシストの代役を頼まれてこれを受諾。そこで出会ったのがそのビッグ・バンドに在籍していたドラムの神保彰だった。神保に卓越した才能を見いだした櫻井は彼をカシオペアのドラマーに推薦し、カシオペアはメンバーとスタッフ総出で神保を口説き落としてメンバーに迎えた。
1989年、カシオペアのメンバー同士だった神保と結成したボーカルユニット、シャンバラの処遇をめぐってカシオペア内でリーダーの野呂、向谷実と対立。結果、神保と共にこの年限りにカシオペアを脱退してしまう。翌1990年に二人はインストルメンタル音楽のユニット、ジンサクを結成。活動当初はラテン音楽をモチーフにフュージョンシーンでの活動を行い、その後はフュージョンのジャンルを超えてベースとドラムによる多岐にわたった音楽性を提示しつつも1998年にユニットを解消。以降はソロアーティストしてリーダープロジェクトでの活動の他に数々のセッションに参加している。多弦ベーシストの草分け的存在である。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] ソロアルバム
- 「DEWDROPS」 (1986年)
- 「21世紀の扉」 (1999年)
- 「TLM 20 ~ Live Memories of 20 years ~」 (2000年)
- 「GENTLE HEARTS」 (2001年)
- 「Cartas do Brasil~ブラジルからの手紙~」 (2003年)
- 「GENTLE HEARTS TOUR 2004」 (2005年)
[編集] 外部リンク
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