無防備都市宣言
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無防備都市宣言(むぼうびとしせんげん)とは、ジュネーブ諸条約追加第1議定書第59条に基づき、特定の都市、地域を無防備地域であると宣言することを指す。現在、正確には無防備地区宣言である。
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[編集] 概要
ジュネーヴ条約追加第1議定書には、以下の条文が定められている。(日本外務省「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書」(PDF))
- 第59条「無防備地区」
- 紛争当事国が無防備地区を攻撃することは、手段のいかんを問わず禁止する。
- 紛争当事国の適当な当局は、軍隊が接触している地帯の付近またはその中にある居住地で、敵対する紛争当事国による占領のために開放されているものを無防備地区と宣言することができる.無防備地区は、次のすべての条件を満たさなければならない。
- (a) すべての戦闘員ならびに移動兵器及び移動軍用設備が撤去されていること
- (b) 固定した軍用の施設または営造物が敵対的目的に使用されていないこと
- (c) 当局または住民により敵対行為が行われていないこと
- (d) 軍事行動を支援する活動が行われていないこと
- 諸条約及びこの議定書によって特別に保護される者並びに法及び秩序の維持のみを目的として保持される警察が無防備地区に存在することは、2に定める条件に反するものではない。
- 2の規定に基づく宣言は、敵対する紛争当事者に対して行われ、できる限り正確に無防備地区の境界を定め及び記述したものとする。その宣言が向けられた紛争当事者は、その受領を確認し、2に定める条件が実際に満たされている限り、当該地区を無防備地区として取り扱う。条件が実際に満たされていない場合には、その旨を直ちに、宣言を行った紛争当事者に通報する。2に定める条件が満たされていない場合にも、当該地区は、この議定書の他の規定及び武力紛争の際に適用される他の国際法の諸規則に基づく保護を引き続き受ける。
- 紛争当事者は、2に定める条件を満たしていない地区であっても、当該地区を無防備地区とすることについて合意することができる。その合意は、できる限り正確に無防備地区の境界を定め及び記述したものとすべきであり、また、必要な場合には監視の方法を定めたものとすることができる。
- 5に規定する合意によって規律される地区を支配する紛争当事者は、できる限り、他の紛争当事者と合意する標章によって当該地区を表示するものとし、この標章は、明瞭に見ることができる場所、特に当該地区の外縁及び境界並びに幹線道路に表示する。
- 2に定める条件又は5に規定する合意に定める条件を満たさなくなった地区は、無防備地区としての地位を失う。そのような場合にも、当該地区は、この議定書の他の規定及び武力紛争の際に適用される他の国際法の諸規則に基づく保護を引き続き受ける。
要約すると「紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れる事を宣言することができる。宣言され、かつその条件が守られている地域を攻撃してはならない」という条項である。禁止しているのは物理的な攻撃のみであり、占領および紛争相手国による統治や軍事基地化は禁じられていない点には注意が必要である。
[編集] 歴史
1899年、上記のジュネーヴ条約追加第1議定書の規定の前身にあたるハーグ陸戦条約の第25条に「無防備都市、集落、住宅、建物はいかなる手段をもってしても、これを攻撃、砲撃することを禁ず」と定めらた。 しかし、この「無防備都市」とは誰が行うのか、どのような条件で認められるかは不明確であり、第一次世界大戦、第二次世界大戦をはじめとする過去の戦争では、口実を設けては幾度と無くこの条約は破られてきた。代表的な例では以下のものが挙げられる。
- セルビア軍部が首都防衛を放棄した後無防備宣言を行ったが[要出典]、オーストリアはそれを無視し砲撃を実行
- 第二次世界大戦末期のイタリア
- (国家として連合軍に降伏後、各都市が各々宣言したものの、連合国・ドイツ双方に無視される)
無防備地域宣言の成功例としては、
などが挙げられるが、
- マニラについては、日本軍が行った無防備宣言を米軍が無視して無差別爆撃を行った[1]
- 前島については、当時の日本軍・米軍双方における前島の戦術・戦略的価値はほとんど無く、無防備宣言が成功したというよりも日本軍・米軍が無視したと見なすべきである。事実、前島には米軍が艦砲射撃を行っており死者も出ており、また、同じように日本軍が配備されていなかった神山島に対しては米軍が上陸作戦を実行し占領。砲兵2個大隊(155mmカノン砲24門)を揚陸し那覇・小禄方面への砲撃を行っている。
などのことから、疑問視する意見も強い。
1977年、ジュネーヴ条約追加第1議定書に無防備地域宣言を定めた第59条が盛り込まれた。上記のように誰が、どのような条件の元において宣言するのかが明確化された点で、ハーグ陸戦条約に定められた「無防備都市」とは若干意味合いが異なる事については注意が必要である。また、(条件や宣言を行う主体が明確になったからと言って)ジュネーヴ条約がすべての国に必ず遵守されるわけではない。近年、ジュネーヴ条約が破られた例としては、次のようなものが挙げられる。
- NATOによるユーゴスラビア(現・セルビア)国内の発電所・病院への空爆(第4条約 第53条違反)
- アフガニスタンにおける米軍の病院爆撃(第4条約 第14条・第18条違反)
- イラク戦争時のバグダード市内における市民の略奪行為(第4条約 第64条違反)
- 米軍のイラク戦争でのアブグレイブ収容所における捕虜虐待(第3条約 第13条違反)
[編集] 無防備地域宣言運動について
近年、無防備地域宣言運動全国ネットワークが主体となって地方公共団体のレベルで無防備地域宣言を行おう、という運動がいくつかなされているが、「平和都市宣言」以上の意味は持たないとする見方が大勢を占めている。以下、反対意見をまとめる。
- この宣言は「紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れる」事を宣言するもので、地域単位での降伏宣言である。戦時でない=紛争相手国がいない時点で宣言することはできない。
- (原則として)地方自治体が独自の判断で宣言することは出来ない
- 赤十字国際委員会コメンタールには、「原則として、宣言はその内容を確実に遵守できる当局によって発せられるべきである。一般的にはこれは政府自身となるであろう。困難な状況にあっては、宣言は地方の軍司令官、または市長や知事といった、地方の文民当局によって発せられることもあり得る。」という一節がある。「困難な状況」とは、本来の宣言主体である政府が紛争によってその機能を失ったときであるので、紛争状態でない平時に地方当局が宣言することは認められていない。
- 日本政府が認めていない。無防備地域宣言を行うには地方当局と軍との全面的合意が必要となり、国の専管事項である防衛政策に地方当局が関与することは法律上認められていない。したがって(日本において、自衛隊の軍事行動を管理・運営するのは専ら政府であるので)第59条第2項の(a)、(b)、(d)を満たすことはできない。日本政府が抗戦の意思を持って戦闘を続けた場合には何の意味も無い[2]。
- 自分の住んでいる地域が相手国に侵略・占領・支配されようとするとき、住民によるレジスタンス運動が起こる可能性があるが、地方自治体が住民自らによる敵対行為を防ぐことは難しい。少なくとも条例のみによっては不可能である。
- 「歴史」で触れたように過去何度と無く破られてきた規定である。遵守される保障がなく、また条約の遵守を紛争相手国に強制する手段・機関も事実上存在しない。
- 紛争相手国がジュネーヴ条約追加議定書に参加していない場合、ゲリラやテロリスト等との武力紛争の場合は全く無意味である。
- ジュネーヴ条約は近接戦闘で相手国に占領される場合にのみ適用されるため、爆撃機による空爆、弾道ミサイルなどのミサイル攻撃に対しては無力である。
- 無防備地域宣言を解除する方法が存在しない。つまり、一度宣言した後に地震等の災害が宣言地域を襲い、自衛隊の救援が必要なほどの被害が出ていたとしても、自治体は無防備地域の要件を維持し続けなければならないため、自衛隊に救援を求めることができなくなってしまう。また内閣総理大臣の命令によって派遣される救援部隊の受け入れも拒否しなければならないという、住民保護の義務を放棄する状況に陥ってしまう。
- 内乱罪、外患誘致罪、外患援助罪に該当するおそれがある。
公安調査庁は平成18年度の内外情勢回顧録で、民主主義的社会主義運動(MDS)が運動に関係していると述べている。公安調査庁はこの団体を過激派と見なしている[1]
- 無防備地域宣言を条例化しようという運動がされている市町村
- 北海道 苫小牧市、札幌市
- 東京都 (品川区)、(荒川区)、板橋区、(大田区)、(国立市)、(日野市)、(目黒区)
- 千葉県 (市川市)
- 神奈川県 (藤沢市)
- 大阪府 (大阪市)、(枚方市)、(高槻市)、豊中市、(箕面市)、(堺市)
- 滋賀県 (大津市)
- 奈良県 (奈良市)
- 京都府 (京都市)、(向日市)、宇治市
- 兵庫県 (西宮市)
- 沖縄県 (竹富町)、石垣市
※括弧で閉じてある自治体は、議会で無防備地域条例案が否決されている。これまで地方議会に提出された無防備地域条例案は、そのすべての自治体で否決されている。なお、これまで直接請求された条例案に賛成意見を出した首長は、国立市と箕面市のみである。
他にも東京都国分寺市、東京都小金井市、神奈川県小田原市、三重県鈴鹿市、京都府亀岡市、大阪府四條畷市、大阪府大東市、愛媛県南宇和郡愛南町、鹿児島県鹿児島市等で、運動に向けた準備が進められている。
[編集] 各政党の態度
地方議会において自由民主党・公明党・民主党の会派は無防備地域宣言に関する条例制定には反対の姿勢をとっている。社会民主党系の会派は条例制定運動の始まりとなった大阪市での審議以降一貫して賛成の態度を表明している。日本共産党は運動の開始当初は賛成に投票していたものの、2006年6月に行われた千葉県市川市議会での採決で退席・棄権に転じ、2006年12月までの議会審議では退席・棄権の態度を継続していたが、2007年1月の東京都目黒区議会において反対に転じ、2007年2月の大阪府堺市議会、2007年3月の箕面市議会においても反対の姿勢をとっている。
[編集] 脚注
- ^ 日本軍のマニラ市における無防備宣言が無視されたのは、旧日本陸軍が行った宣言を旧日本海軍が無視して戦闘行為を行うなど、日本側の事情と理由による責任が大きいとの意見もある[要出典]。だが、いずれにしろ無防備宣言は軍当局の合意が無ければ無意味であることを示す事例ではある。
- ^ 日本の国内法上では自衛隊は軍隊として位置付けられておらず、他国の軍隊が通常持つような権限の一部を欠いてもいるが、国際法上における交戦団体としての要件は満たしており、戦時におけるその活動は軍事活動に該当する。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 日本外務省「ジュネーヴ諸条約及び追加議定書」
- 無防備地域宣言運動全国ネットワーク
- 無防備地域宣言運動への反論/今村岳司(西宮市議会議員)
- 公安調査庁 内外情勢の回顧と展望(平成19年1月)
- 無防備マンが行く! ※上記サイト内のコンテンツ
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