生物学史
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生物学史(せいぶつがくし)とは生物学の歴史、またはそれを扱う科学史の一分野である。
生物学の萌芽は古代ギリシアのアリストテレスやヒポクラテスなどの著作に見られる。特にアリストテレスは哲学としての動物学を集大成した業績から、生物学の祖とみることもできる。しかしこれらは生気論・目的論的であり、その後誕生した自然科学により否定された。現代生物学の系譜は17世紀の科学革命を経て自然科学が成立した近世以降に始まった。
生物学と有機化学の年表も参照のこと
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[編集] 近代生物学の興り
[編集] 分類学
近代生物学は、動植物や鉱物などを記載・分類する博物学(自然史学)の一分野として始まった。18世紀にリンネが二名法を用いた生物の分類を確立し、生物を類縁関係に基づいて体系的に分類する方法を確立したことがひとつの契機となる。生物多様性を探究する流れは生物学誕生当初から存在していたと言える。ただし当時は動物学と植物学が個別にあり、生物学という分野は存在しなかった。
[編集] 解剖学・形態学・細胞学
動物の研究は医学とも連動しつつ、動物のしくみやその働きを探る方向に進んだ。この方向は比較解剖学の発展をもたらした。顕微鏡の普及は、動物の構造を器官から組織、細胞レベルの研究へと進めた。また、器官の区別が難しい植物の内部構造も、顕微鏡の使用によって可能となった。19世紀には顕微鏡を用いた観察から「全ての生物は細胞からできている」という細胞説が提唱された。このことにより動物学と植物学が統合され生物学というくくりで扱われるようになった。
[編集] 進化論
ルイ・パスツールの実験により、生物は自然に誕生するという自然発生説が完全に否定され、「全ての細胞は細胞から生じる」ことが理解された。自然発生説の否定は進化論とも関連し、生物学に生命の起原という新たな問題を提起した。生物多様性と系統分類について考察したチャールズ・ダーウィンが『種の起源』で提唱した進化という概念は、現代生物学の前提となっており、生物学以外の多くの分野にも影響を及ぼしている。
[編集] 発生学
動物の発生は、十九世紀までに次第に多くの動物で観察されるようになり、進化論に基づいてそれらを体系づけたのがヘッケルの反復説であった。しかし、より直接にその機構に迫ろうと始まった実験発生学の流れは、発生の段階における細胞の分化を推し進めるしくみとして誘導現象を発見し、多くの成果を上げたたものの、一旦は停滞を迫られた。
[編集] 遺伝学
19世紀後半にはメンデルが遺伝の法則を発見し、遺伝粒子の存在を示唆した。細胞学の発展とともに細胞分裂や染色体に関する知見が得られ、20世紀初頭にはモーガンらはショウジョウバエを用いた研究により遺伝子を染色体と関連づけた。またX線の照射が突然変異を誘発することが確認され、遺伝子が物質であることが証明された。
[編集] 微生物学・生化学
また、顕微鏡によって発見された微生物は、既知の生物の範囲を大きく広げる物であった。それはやがて既成の動物/植物の区分にも影響を与え始め、分類学の見直しを迫るものとなった。他方で、醗酵が微生物によって行われることがルイ・パスツールらによって明らかにされたことから、微生物による化学物質への関与が研究対象として注目され、これが生化学への糸口となっていった。後には遺伝学もこのような微生物を材料に発展を遂げる。このような流れは、生物学がモデル生物を利用した普遍的な生命現象の解明へと進む流れに入ったことをも示す。
また、微生物の研究は、病原体の発見に繋がり、それまでは対抗手段のなかった伝染病や感染症への対策が取れるようになった。その研究の過程で微生物学は大きく進歩したのみでなく、免疫機構などについても多くのことが明らかとなった。
[編集] 分子生物学以降
[編集] 分子遺伝学学
20世紀中頃には遺伝物質がDNAであることが確定され、DNAの二重らせん構造が明らかにされた。遺伝物質として DNA の構造が明らかになったことは生物学に非常に大きな進展をもたらした。突然変異はDNAの塩基配列の変化であることがわかり、これまで別々に扱われていた進化と遺伝が結び付けられた。セントラルドグマにより遺伝子発現が定義され、生物の普遍性・共通性の理解を目指した流れが大きくなった。DNA を直接扱う分子生物学の方法論は他の分野にも大きな影響を与え、また人類は生物を短期間に不可逆的に変化させうる技術を獲得したことになる。
[編集] 遺伝学と発生学
20世紀後半にショウジョウバエから発見されたホメオボックスは生物の共通性理解を深めることになった。ホメオボックスはショウジョウバエだけでなく、ヒトから線虫、植物、酵母にまで存在していることが明らかになり、生物は発生のような複雑な現象においても、基本的には共通の系を使っていることがわかった。これによりモデル生物を用いて研究を行うことで、普遍的な生命現象に迫ることができることが示された。
[編集] ゲノムプロジェクト
技術発展は生物の全塩基配列(ゲノム)を解読することを可能にし、ゲノムは生物の多様性と普遍性を統合しうる視点を生物学にもたらした。現在では様々なモデル生物のゲノムプロジェクトが進行しており、次の潮流となっている。ゲノム配列の決定は研究手段にも大きな影響を及ぼしている。
[編集] 生態学
他方、野外の生物を観察する立場から発展した生態学は、博物学的な枠を抜けるのが難しかったが、植物生態学における遷移、群集生態学における食物連鎖や生態系、行動生態学における血縁選択説など、次第に理論的な枠組みを構成し、地球規模の自然環境問題の盛り上がりなどとも相まって、次第に生物学のもう一つの流れを作っている。