秋田県立能代工業高等学校
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秋田県立能代工業高等学校(あきたけんりつのしろこうぎょうこうとうがっこう Noshiro Technical Highschool)は、秋田県能代市盤若町にある県立工業高等学校。1912年7月10日、秋田県工業講習所として開講。創立記念日は7月10日。 「能工」という略称で呼ばれている。
バスケットボールの盛んな高校で、男子バスケットボール部は全国大会で50回を越える優勝を成し遂げている強豪である。また生徒会が中心となって「みんなのバスケ」という交流行事を行っている。因みにスラムダンクという高校バスケットボールを趣旨とした漫画中においては、同校を模した架空の「山王工業高校」として登場している。
また、日本海中部地震によりプールが大破した為、当校での水泳の授業は一切行われていない。 ※2006年度現在
当校敷地内にあるセミナーハウス(鉄筋2階建て)は各部活動や学校行事等で当直、合宿に伴う宿泊等を兼ね使用されてきたが、2006年度にアスベストの使用が発覚し、2006年度現在、この施設への立ち入りを禁止し、専門業者へ委託しての修復作業が続いている。
秋田県立能代工業高等学校
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国公私立の別 | 公立学校 |
設立年月日 | 1912年(明治45年) |
共学・別学 | 男女共学 |
課程 | 全日制・定時制 |
設置学科 | 工業系5学科・普通科 |
所在地 | 〒016-0896 |
秋田県能代市盤若町3-1 | |
電話番号 | TEL:(0185)52-4148 FAX:(0185)52-4175 |
外部リンク | 公式サイト |
目次 |
[編集] 沿革
- 1906年(明治39) 能代港町立工業補助学校を渟城高等小学校に併設
- 1912年(明治45)4月26日 秋田県工業講習所として開講
- 1927年(昭和2)4月1日 秋田県立能代工業学校となる
- 1938年(昭和13)4月15日 採鉱科設置
- 1947年(昭和22)4月1日 学校改革により併設中学校設置
- 1948年(昭和23)4月1日 新学制実施により秋田県立能代工業高等学校となる
- 1951年(昭和26)4月1日 電気科設置
- 1951年(昭和26)6月10日 土木科設置
- 1961年(昭和36)4月1日 定時制課程 開校
- 1968年(昭和43)4月1日 地質工業科設置(同時に採鉱科は生徒の募集を停止)
- 1972年(昭和47)12月22日 木材工芸科をインテリア科、地質工業科を地質工学科と改称
- 1984年(昭和59)4月1日 定時制課程普通科併設
- 1987年(昭和62)4月1日 地質工学科募集停止。土木科と地質工学科統合。科名を土木科とする。
- 1989年(平成元)5月1日 バスケットボール部全国大会優勝30回達成記念、記念碑「栄光」像、建立。
- 1990年(平成2)4月1日 建築科、インテリア科募集停止。建築科とインテリア科統合し建築・木材科となる。
- 1992年(平成4)4月1日 定時制課程機械科募集停止
- 1994年(平成6)4月1日 学科改編により、機械、電気、建築・木材、都市工学、理数工学、情報技術の6科6クラスとなる。
- 1999年(平成11)5月2日 バスケットボール部全国大会優勝50回達成記念式典挙行同期記念碑建立。
- 2003年(平成15)4月1日 学科改編により、機械、電気、建築・木材、都市工学、理数工学の5科5クラスとなる。
[編集] 校訓
「和衷勤労」(わちゅうきんろう)
- 「心の底からやわらぎ、心を同じくし、まごころをつくして励み行う」という意味である。
[編集] 校歌
- 他にも応援歌が(1)~(5)までと「凱戦歌」がある。
[編集] 学区
- 秋田県全域である。特に、三種町、上小阿仁村、鹿角市より上の地域が多く通学している。また、青森県深浦町からの生徒もJR五能線等を利用して通学している。
- バスケットボール部等の生徒は県外からの入学者も多く、学校隣接寮「松籟寮」、能代市内の下宿先からの通学者も含まれている。
[編集] 教育課程
[編集] 部活動
- 機械クラブ
- JRC
[編集] イベント
- みんなのバスケ(生徒会が中心となって企画する対外交流行事)
- オープンゲーム
- 車椅子バスケットボールの体験講座や試合
- 招待チームと能代工業高校バスケットボール部との試合