蕉門十哲
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
文学 |
ポータル |
各国の文学 記事総覧 |
出版社・文芸雑誌 文学賞 |
作家 |
詩人・小説家 その他作家 |
蕉門十哲(しょうもんじってつ)とは、松尾芭蕉の弟子の中で、特に優れた高弟10人を指していう。
蕉門十哲とされるのは以下の10人である。
- 宝井其角(たからい きかく)寛文元年(1661年) - 宝永4年(1707年)
- 蕉門第一の高弟。江戸座を開く。
- 服部嵐雪(はっとり らんせつ)承応3年(1654年) - 宝永4年(1707年)
- 其角とならんで蕉門の双璧をなす。
- 森川許六(もりかわ きょりく)明暦2年(1656年) - 正徳5年(1715年)
- 晩年になって入門。画の名人で芭蕉に画を教える。
- 向井去来(むかい きょらい)慶安4年(1651年) - 宝永元年(1704年)
- 各務支考(かがみ しこう)寛文5年(1665年) - 享保16年(1731年)
- 内藤丈草(ないとう じょうそう)寛文2年(1662年) - 宝永元年(1704年)
- 杉山杉風(すぎやま さんぷう) 正保4年(1647年) - 享保17年(1732年)
- 蕉門の代表的人物で芭蕉の経済的支援者。
- 立花北枝(たちばな ほくし)生年不詳 - 享保3年(1718年)
- 「奥の細道」の道中の芭蕉と出会い入門。
- 志太野坡(しだ やば)寛文2年(1662年) - 元文5年(1740年)
- 芭蕉の遺書を代筆。
- 越智越人(おち えつじん)明暦2年(1656年) - 没年不詳
- 尾張蕉門の門人。「更科紀行」の旅に同行。
杉風・北枝・野坡・越人の代わりに以下の4人を加える説もある。
- 河合曾良(かわい そら)慶安2年(1649年) - 宝永7年(1710年)
- 「奥の細道」の旅に同行。
- 広瀬惟然(ひろせ いねん)慶安元年(1648年) - 正徳元年(1711年)
- 服部土芳(はっとり とほう)明暦3年(1657年) - 享保15年(1730年)
- 天野桃隣(あまの とうりん)寛永16年(1639年) - 享保4年(1719年)
- 芭蕉の縁者。芭蕉に許六を紹介。
他に、以下のような説もある。
- 俳人百家撰(与謝蕪村・編)では
- 其角、嵐雪、去来、丈草、支考、北枝、許六、曽良、野坡、越人
- 芭蕉と蕉門十哲図(對雲・筆)では
- 其角、嵐雪、去来、丈草、支考、北枝、許六、曽良、野坡、杉風
- 芭蕉と蕉門十哲図(南峯・筆)では
- 其角、嵐雪、去来、丈草、支考、北枝、許六、曽良、越人、杉風