西柵丹村
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西柵丹村のデータ | |
総人口 | 9,296人 (1941年12月1日) |
[編集] 概要
- 西は間宮海峡に面し、東は敷香郡敷香町と、南は名好郡名好町と接していた。また北ではロシア領丸山岬と接していた。
- 人口は1941年当時9296人。
- 1941年、名好郡名好町から分離独立して誕生した。炭鉱の村であった。
[編集] 国境の村・安別
- 安別は民間人が住む最も北緯50度線の日ソ国境に近い村であった。
- 安別炭鉱はロシア側から要塞と誤認されていた。
- 安別にはロシアとの密貿易を監視する安別監視所があった。
- ロシア側から国境を越えて急患が安別の医師のところに来ることもあった。人道上の理由から日本側の官憲も黙認していた。
法的には1949年6月1日、国家行政組織法の施行をもって消滅した。
当該地域の領有権に関する詳細は樺太の項目を見よ。
[編集] 関連項目
カテゴリ: 樺太の市町村 (廃止) | 恵須取支庁