ザ・ゴールデン・カップス
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ザ・ゴールデン・カップスは、1966年12月、神奈川県横浜市でデイヴ平尾を中心に結成されたグループ・サウンズ(GS)のバンド。
バンド名は、結成当時このバンドが演奏していた本牧のダンスホール「ゴールデン・カップ」から命名したと言われる。結成以降、1971年の解散に至るまで、「長い髪の少女」「愛する君に」などの楽曲をヒットさせたが、ステージの上においてはこれらの曲を演奏する事を好まず、もっぱら当時のアメリカ・イギリスで流行していたロック・ポピュラーの曲を演奏した。また、一貫して演奏力にも定評があり、主としてハーフが結成したというルックス(実際にはデイヴ・マモル・ミッキーらは生粋の日本人、またエディは華人だったのだが…)と相まって、演奏力とは無縁な、歌謡GSや企画もののアイドル系GSの多かった中、異色の本格派GSとして、ディープなファンも多かった。
2004年、記録映画を記念して再結成、サポートメンバー2名を加えて、NHKテレビの歌番組への出演、ライヴハウスでの演奏などを行った。(この時のメンバーは、次段落の個人名の後に*を付加する。)
[編集] メンバー
結成時のメンバーは以下のとおり。脱退後、解散後の目立った活動は、( )内に。
- デイヴ平尾 *- 本名:平尾時宗。リーダー、ヴォーカル
- エディ藩* - 本名:潘廣源。リードギター
- ルイズルイス加部* - 本名:加部正義。ベースギター(後に、チャー=竹中尚人などと、ピンククラウド結成。)
- ケネス伊東 - サイドギター
- マモル・マヌー* - 本名:三枝守。ドラムス
その後、以下のメンバーが途中時期に在籍した。
- ミッキー吉野* - 本名:吉野光義。キーボード(ゴダイゴのリーダーとして、大成功。)
- 林恵文 - ベースギター
- アイ高野 - ドラムス(カップス以前は「ザ・カーナビーツ」、以後は竹田和夫の「クリエイション」のヴォーカルとして、それぞれヒットあり。)
- 柳ジョージ - ベースギター(ソロでヒットを出し成功。)
- ジョン山崎 - キーボード
[編集] 沿革
ザ・ゴールデン・カップスは、デビュー曲「いとしのジザベル」発表前には、横浜・本牧の「ゴールデン・カップ」の専属バンド「平尾時宗とグループ・アンド・アイ」として活動していた。
1965年頃、既に横浜ではいくつものアマチュアバンドが結成されており、ダンスパーティーやイベントなどに活動の場を求めていた。1945年生まれの平尾時宗もそうしたアマチュアのひとりで、高校卒業後は実家のクリーニング店で働きながら、「スフィンクス」というバンドでヴォーカルを担当していた。
1966年7月、平尾は独りアメリカ旅行に出発。ときにビートルズ東京公演の数日後の事である。表向きは「自分の将来を考えたい」と殊勝な事を言って出発した平尾だったが、実際には昼間はレコード店巡り、夜はライブを見に行くという毎日だったようだ。またこの期間中に、アメリカ国内で藩広源と出会ったと言われる。藩もまた、横浜で「ファナティックス」というバンドでリードギターを担当していた。
11月、平尾は帰国。高校時代の友人に誘われ、4月にオープンした「ゴールデン・カップ」を訪れたのだが、その際オーナーの上西四郎から「この店の専属バンドを探している」と誘われたのである。
こうしてスフィンクスはゴールデン・カップのステージに立ったのだが、既に本場のライブを聞いて帰ってきた平尾の耳には、バックの演奏が物足りなく感じた事も事実だった。そこで平尾は「人前に立つなら腕利きのメンバーを集めよう」と考え、アメリカで出会った藩広源を誘い、藩は加部正義、ケネス伊東らを誘った。ドラムスには当初、加部らと面識のあったジョニー野村を据えることが予定されていたが、野村は既にプロモーターを志して大学に進学していたため(ジョニー野村はその後、ゴダイゴのマネージャとなる)、平尾の渡米中にスフィンクスのヴォーカルを担当していた三枝守がドラムスを担当する事になった。
こうしてグループ・アンド・アイとしての活動がスタートした。
「ゴールデン・カップ」には、当時の暴走族である「ナポレオン党」のメンバーも客として来店していたが、ナポレオン党を取材していたTBSの担当者の仲介で、グループ・アンド・アイはテレビ番組「ヤング720」に出演する事になる。これにより彼らはその名を知られる存在となり、プロデビューの話も舞い込むようになった。
彼らを全員ハーフという触れ込みで売り出す事を考えたのは、当時の東芝音楽工業(現・東芝EMI)の担当者だとされる。
1971年12月、ゴールデン・カップスは最後の仕事として沖縄のディスコで演奏したが、最終日の終演直前、会場内で火災が発生。柳ジョージのベース以外はすべて、そのときに焼失したといわれる。