ダスティン・ホフマンになれなかったよ
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ダスティン・ホフマンになれなかったよ(だすてぃんほふまんになれなかったよ)は、大塚博堂のデビュー曲である。1976年6月25日発売。同名のアルバムもデビューアルバムとして同年8月25日に発売されている。
目次 |
[編集] 曲の内容
夜にダスティン・ホフマンの映画「ジョンとメリー」を見ながら、若き日を思い出す曲。若い頃を思い出しながら、周りは結婚して子供もいるのに自分には変化がなく、周りよりも時の流れが遅いのでは?と感慨にふける。また「卒業」を見に行った時の事を思い出し、付き合っていた女性を、「卒業」のラストシーンのダスティン・ホフマンみたいに、結婚式場で奪いたいが出来なかった、もし、あの時・・・と言った事も考える。年だけはとるが、自分は大人なのだろうか?そう自問するような曲である。また、この時代の、ダスティン・ホフマンになりたいがなれない、そんな心境を代弁した曲である。
[編集] エピソード
- 大塚が売れなかった頃、ふと寄った本屋で、藤公之介の詩集を見つけ、それに自分でメロディをつけた。そんな曲のひとつである。
- おそらく、固有名詞がダイレクトに題名に入った曲の先駆けではないかと思われる。藤は、固有名詞を題名にも詩にもよく使う。
- 大塚の葬儀の出棺のとき、この曲が流れた。大塚自身、この曲を「これは自分自身の境遇に似ている」と感じていた。
[編集] 編曲
この曲は、シングルとアルバムで、時間が違う。シングルでは、前奏、及び間奏がショートカットされている。
[編集] 収録
[編集] アルバム
ダスティン・ホフマンになれなかったよ | ||
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大塚博堂 の アルバム | ||
リリース | 1976年8月25日 | |
ジャンル | J-POP | |
レーベル | 日本フォノグラム | |
大塚博堂 年表 | ||
ダスティン・ホフマンになれなかったよ (1976年) |
過ぎ去りし想い出は (1977年) |
[編集] 内容
“ハートフルな男が独り…、愛を謳う男大塚博堂のデビューアルバム”と銘打たれた。32歳と言う異例の遅いデビューであるが、レコード会社は、32歳だからこその人生経験、大人の世界を歌うアーティストとして、あえてデビューさせた。藤公之介の詩に大塚のメロディをつけ、愛・青春・望郷などを歌う。そこには、日常の何気ない風景が垣間見れ、確かに大塚博堂でなければ表現出来ない世界がある。8は、大塚が尊敬しているジョルジュ・ムスタキ(Georges Moustaki)の曲に、自ら訳詩して歌った曲である。“青春は見送るもの、されど人生は迎えるもの”と言ったテーマもある。編曲陣は、森岡賢一郎、あかのたちお、惣領泰則、奥村チヨ「終着駅」で知られる横内章次、若手の新鋭佐藤準がそれぞれ担当する。
[編集] 収録曲
- 結婚する気もないのに(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
- 坂道で(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:佐藤準)
- 季節の中に埋もれて(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:森岡賢一郎)
- 愛されてますか(作詞:大塚博堂 作曲:大塚博堂 編曲:惣領泰則)
- 新宿恋物語(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
- ふるさとでもないのに(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:佐藤準)
- 坂の上の二階(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
- ある日恋の終わりが(訳詞:大塚博堂 作曲:ジョルジュ・ムスタキ 編曲:森岡賢一郎)
- 一冊の本(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
- 色エンピツの花束(作詞:大塚博堂 作曲:大塚博堂 編曲:横内章次)
- あなたという名の港(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:あかのたちお)
- ダスティン・ホフマンになれなかったよ(作詞:藤公之介 作曲:大塚博堂 編曲:惣領泰則)
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