ハンネス・シュナイダー
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ハンネス・シュナイダー(Johannes Schneider または Hannes Schneider, 1890年 - 1955年4月25日)は20世紀前半に活躍した オーストリアの スキー講師である。「スキーの父」として知られる。
ハンネス・シュナイダーはオーストリアのシュトゥーベン・アム・アルルベルク Stuben am Arlberg に生まれた。父はチーズ職人だった。1907年、サン・アントンにてスキーインストラクターとなる。そこで後にアールベルグテクニックと呼ばれるようになるスキー技術の指導を行った。 第一次世界大戦中はオーストリア軍のスキー講師を勤め、戦後は再びサン・アントンに戻ってきた。1921年、ドイツのドキュメンタリー映画の巨匠であるアルノルト・フランク博士(Arnold Fanck)とともに、アールベルグテクニックを集大成した映画「スキーの驚異」(Wunder des Schneeschuhs)を製作した。この映画によって彼のスキー技術は世界に広まった。後に、同名の書籍をアルノルト・フランク博士と共著で出版している。
1930年に来日し、各地でスキーの指導を行った。
ナチス・ドイツがオーストリア併合をしたため、1939年、アメリカに亡命。スキー指導の拠点をニューハンプシャー州、ノース・コンウェイに移した。第二次世界大戦中はアメリカ陸軍山岳兵のスキー指導を行った。
- チロル州観光局日本担当オフィス公式サイト(日本語)