ハンマーム
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ハンマーム(hammām)は、中東全域に広く見られる伝統的な公衆浴場のことである。
中東・イスラム世界は、かつてのローマ帝国の東南部を継承していることから、ローマ人の浴場文化を引き継いだものである。イスラム社会で最初期に作られた浴場として知られるものは、ウマイヤ朝時代のものに遡る。預言者ムハンマドの時代のアラブ人の間に浴場はなかったようであるが、常に心とともに身体を清潔に保つことを重んじ、特に礼拝の前には身を清めるよう勧めるイスラムの教えに浴場の目的が合致するために、浴場は一般に急速に普及していったと考えられている。
イスラム世界の都市ではハンマームはモスクや市場と同様、都市生活に欠かせないインフラと考えられており、多くのハンマームがワクフ(寄進財産)として維持建設されてきた。伝統的なイスラム都市では、各街区には必ずハンマームが存在したと言われる。
ハンマームの基本的な構造は、入り口に番台があり、内部に脱衣所と浴室がある。浴室はふつう蒸し風呂で、浴槽からのぼった蒸気で汗を出し、あかすり師(日本でいう「三助さん」)によるあかすりやマッサージのサービスを受ける。あかすり師は、男性客に対しては男性、女性客に対しては女性があてられる。
控えの間の休憩室ではコーヒーや茶、タバコなどの接待があり、コーヒーハウスのように長時間くつろぎながら楽しむ交際、娯楽の場として庶民に愛されてきた。
歴史的には、特に男性社会から隔離され、自由に外出することを制限されてきた女性たちにとっては、素顔をさらして集うことができ、女性同士でくつろいで会話を楽しむことのできるハンマームは貴重な社交と情報収集の場であった。母親が息子に相応しい嫁を探すというような実用的な機能や、結婚式前の女性が親族の女性に囲まれて身づくろいしたりする儀礼的な機能もあったという。中東の都市を訪れた西欧の旅行者たちの書き残した記録には、富裕な階層から庶民に至るまで様々な出自の女性たちが、ベールで顔を隠してハンマームに赴く様がしばしば奇異と驚きの目をもって描写されている。
現在は中東でも個人宅へ浴室が普及したため、多くのハンマームがすたれ、カイロやダマスカスのような大都市で営業を続けているものがまばらに見られるほどでしかない。それでも、都会における庶民の社交の場として活用されているハンマームも少なくない。
西欧や、西欧を通じて中東の文化に触れた日本では、ハンマームの様式は20世紀初頭まで中東随一の大国であったトルコ(オスマン帝国)の名にちなんで、「トルコ式風呂」として紹介されてきた。こうした歴史的経緯もあってか、現代のトルコではハンマーム(トルコ語では「ハマム (hamam)」という。)が観光施設として外国人観光客の関心を集めており、イスタンブルなどの歴史的観光都市ではいくつかのハンマームが観光客向けに営業している。