バーナード・ハーマン
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バーナード・ハーマン(Bernard Herrmann, 1911年6月29日 - 1975年12月24日、ニューヨーク市生まれ)は映画音楽で活躍したアメリカの作曲家で、アルフレッド・ヒッチコック監督作品(『めまい』、『北北西に進路を取れ』など)や『市民ケーン』、『ケープ・フィアー』、『タクシードライバー』(遺作となった)など多くの映画作品に音楽を提供した。
[編集] 経歴
チェコ系のユダヤ移民の家庭に生まれ、幼時からヴァイオリンの英才教育を受けた。音楽の教師と口論になり、ヴァイオリンで教師の頭を殴りつけた問題児でもあった。
ジュリアード音楽院卒業後、指揮者として自作を含めて多くの録音を制作し、クラシック作品における自作もステレオ録音で残した。交響曲やクラリネット五重奏曲、オペラ「嵐ヶ丘」、カンタータなどを残した。ヒッチコックの『知りすぎていた男』にも指揮者として登場している。イギリス、アメリカの20世紀音楽に造詣が深く、チャールズ・アイヴズを擁護する一方、ウィリアム・ウォルトンの新ロマン主義的な作風に傾倒した。ハーマンによると映画音楽は商業音楽というより機会音楽の一種であり、ハイドンやモーツァルトがダンス音楽を作曲したように、自分は映画音楽を作曲するということだった。
ヒッチコック映画に数々の名曲を提供したが、1966年『引き裂かれたカーテン』のために作曲した音楽の出来映えを巡ってヒッチコックと対立し、以後永久に袂を分かった。
(スコセッシ監督がリメイクした『ケープ・フィアー』でハーマンが作曲した『恐怖の岬(1962)』のスコアを再構成したエルマー・バーンスタインが、船内の乱闘場面に『引き裂かれたカーテン』の音楽を使用した)
熱烈な英国びいきとして知られ、晩年をイギリスで過ごした。
ヒッチコックと別れて以降、ハーマンも映画音楽で代表作を生み出せずにいたが、「タクシー・ドライバー」でのジャズの要素を取り入れたスコアが絶賛され、ブライアン・デ・パルマ監督の「愛のメモリー」と共にアカデミー作曲賞に30年ぶりにノミネートされた。『タクシードライバー』の最後のレコーディング・セッションが終了して12時間後息を引き取った。
同時代および後世の映画音楽に与えた影響は計り知れない。ダニー・エルフマンは、最も感化された映画音楽家としてバーナード・ハーマンの名を挙げている。『サイコ』の再映画化でハーマンの有名なスコアを殆どアレンジせずに再構成したのはエルフマンであった。
他の作曲家の作品にも独自の見解を持っていて、友人のエルマー・バーンスタインが「オリエント急行殺人事件」の中で列車が発進する時に流れる軽いワルツを気に入り、ハーマンの前で弾いてみせた所、ハーマンは「死を運ぶ列車なのにワルツなんて!」と憤慨したという。