九三式中間練習機
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九三式中間練習機(きゅうさんしきちゅうかんれんしゅうき:K5Y、連合軍コードネームはWillow)は第二次世界大戦中の日本海軍の飛行機で、練習機である。
日本軍の練習機は目立つようにオレンジ色に塗られたことから「赤とんぼ」とよばれた機体のひとつである。空技廠の設計した九一式練習機が安定性に問題があったため川西航空機で改良したもので、1933年に試作され、1934年に制式採用され、1945年の第二次世界大戦終戦まで用いられた。安定性・信頼性が非常に高く扱い易いながらも、同時に高等曲技飛行も可能なほどの操縦性を持ち合わせ、多くの練習生がこの機体から巣立っていった。水上機型(K5Y-2)もある。
戦争末期には、実用機不足と当機がアルコール燃料でも稼動可能なことから、機体の限界に近い250kg爆弾を積み込んでの特攻に駆り出され、駆逐艦一隻を撃沈している。
川西で60機が作られた後、九州飛行機、日本飛行機、日立、富士で陸上機、水上機の合計5591機[1]が製作された。
[編集] 要目 (K5Y1)
- 翼幅: 11.00 m
- 全長: 8.05 m
- 全高: 3.20 m
- 翼面積: 27.7 m²
- エンジン: 日立「天風」空冷9気筒星型
- 出力:300Hp
- 最高速度: 210 km/h
- 上昇率: 3,000 m まで 13.5 min
- 最高到達高度: 5,700 m
- 航続距離: 1020 km
- 武装:
- 7.7-mm-機銃(Typ 89) 1
- 7.7-mm-旋回機銃(Typ 92)
- 乗員: 2 名
[編集] 脚注
- ^ 出典:日本飛行機公式ホームページの記載
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