川西航空機
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川西航空機(かわにしこうくうき)は第二次世界大戦まであった日本の航空機メーカーである。紫電改、二式飛行艇などの航空機を製造した。
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[編集] 沿革
日本毛織などの旧川西財閥は中島飛行機に出資していたが、中島の技術者を引き抜く形で、1920年に川西機械製作所(神戸市・兵庫)に飛行機部を設置した。1928年に飛行機部が川西航空機株式会社として独立した。当時の社長は川西龍三。菊原静男らによって紫電改、二式飛行艇を開発した。
第二次世界大戦終結にともない、GHQ指令によって航空機の製造が中止になった。1949年11月に新明和興業株式会社へ社名を変更した。その後新明和工業株式会社となり、YS-11への参加、飛行艇PS-1、US-1など航空機の製造を再開した。
余談だが、川西機械製作所の通信機器部門が、現在の富士通テン(旧:神戸工業→一度富士通に合併→再分社)である。
[編集] 航空機リスト
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 碇義朗 『最後の二式大艇―海軍飛行艇の記録』 ISBN 4163349804 ISBN 4769820461 ISBN 4769809972
- ―― 『帰ってきた二式大艇―海上自衛隊飛行艇開発物語』 ISBN 4769811705
- 城山三郎 『零からの栄光』 ISBN 4532097053 ISBN 4041310172