先発ローテーション
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先発ローテーション(せんぱつ-)とは、野球、特にプロ野球においてリーグ戦を行う際、複数の投手を先発投手として起用する順番のことである。
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[編集] 概要
プロ野球のリーグ戦は約半年間の長期にわたり、100試合以上が行われる。投手の肩や肘は投球によって疲労するため、これだけの数の全ての試合に登板することは不可能である。そのため各球団では、数人の投手を先発投手として用意しておき、この投手たちを順番に起用する。これが先発ローテーションである。
普通、ある一定レベル以上の投手が5人から6人必要となる。現代プロ野球では、この人数が揃わない球団は優勝が難しくなる。
[編集] 日本プロ野球
先発投手の登板間隔は「中○日」という形で表される。例えば、火曜日に登板して、その週の日曜日に再び登板すれば、間に水・木・金・土の4日があるので、中4日となる。日本のプロ野球では、かつては中0日や中1日などで多投する投手が見られたが、近年は中5日から6日が主流である。投手が少ない場合や、強豪チーム相手に好投手を登板させたい場合などでは中4日も多く見られる。
日本プロ野球の場合は、1週間の間に、火・水・木・金・土・日の6試合、ないしは火・水・金・土・日の5試合が行われる。このため、各球団は先発ローテーションとして5人を用意し、6連戦の場合は、エースを火曜日と日曜日に中4日で登板させるか、普段先発ローテーションとして起用されていない投手を起用する。この6人目の先発投手は投手として力が劣ることが多く、ローテーションの谷間と言われる。球団によっては、満足な力量の投手を5人用意することができない場合もある。この場合の5人目の投手なども、ローテーションに入って毎週登板しているのだが、やはり谷間と言われることがある。
[編集] 歴史
第二次世界大戦前の日本プロ野球は、シーズンの試合数が少なく、投手優位の試合が多かったため、多くの各チームでは2人の投手が交代で先発する方法が採用され、原則的に勝ち試合の先発投手は完投していた。 そのため、シーズンの投球回は非常に多く、500回を超えることもあった。 第二次世界大戦後に試合数が増加すると、先発投手の人数も増加したが、エース級の投手は状況により救援登板もしていたため、シーズンの投球回は多いままであった。 特に、1961年のリーグ最優秀防御率であった稲尾和久と権藤博は、共に400回以上登板していた。
1960年代後半から救援専門投手が整備され始め、1980年頃に各球団で先発ローテーションが確立していった。 1980年代の先発ローテーションは中5日が多く、先発投手が好調と判断した場合、先発投手に長い回を投げさせることも行われていたが、シーズンの投球回が300回を超えるような投手起用はなくなった。 1990年代から中6日の先発ローテーションが増える一方で、先発投手の次回登板時の疲労に配慮し、投球数の多い先発投手を中継ぎ投手へ交代させることが増えたため、シーズンの投球回は更に減少した。
4月1日から9月30日まで中5日で投げ続けると単純計算した場合の登板回数は36、中4日で45である。シーズン最多勝利のプロ野球記録はスタルヒンと稲尾和久の42勝であるが、中4日以上開けるのが不可欠とされる現代、更新は不可能であると言ってもいい。
[編集] メジャーリーグ
アメリカメジャーリーグ(MLB)では、1980年以降、先発投手5人を100球前後で降板させ中4日でまわすローテーションが定着している。 また、非常時には中3日の先発も行われている。
初期の野球では、チームのシーズンにおけるすべての試合を通じ、一人の投手だけが登板することが普通であり、ローテーションや継投という概念はなかった。 その後、ルールの変更などより一人の投手がすべての試合に登板することが非現実的となったため、1920年代から4人の投手が交代で先発する方法が定着した。 しかし、この頃は先発投手が救援登板する回数も多く、厳密な先発ローテーションは組まれていなかった。 第二次世界大戦後、救援専門の投手が増加すると、先発投手が救援登板する回数は減少していったが、先発投手の登板には相手チームとの相性や順位争いの状況も考慮されたため、必ずしも先発投手の登板間隔は一定ではなかった。
1960年代から4人の投手が中3日で先発する方法が一般的になり、ローテーションの原型が始まった。 1960年代から1970年代にかけては、投手優位の試合が比較的多かったこともあり、エース級の投手は勝ち試合のほとんどを完投していた。 このため、先発投手のシーズンの投球回は、300回以上となることも多かった。 1970年代の中頃から5人の投手が中4日で先発する方法が採用され始め、1980年代以降はほとんどのチームがこの方法を採用した。 また、1980年代以降は中継ぎ投手も一定間隔で登板する方法が採用され始めたため、先発投手が完投する回数は減少し、その結果、先発投手のシーズンの投球回は大幅に減少した。
[編集] アマチュア野球
- 社会人野球の場合は、一定の期間にトーナメントを集中して行う場合が多く、プロ野球のように長いスパンでシーズンを戦うものではないため、2人か3人の先発投手を順番に登板させるのが一般的。ただし、昔のプロ野球のように絶対的なエースがいる場合(と同時にその投手と他の投手のレベルがあまりに違いすぎる場合)は、そのエースが先発連投し、他の投手がリリーバーに回ることが多い。
- 大学野球の場合は試合を週末のみ行うリーグ戦が多いため、多くて2人の先発投手がいれば十分であり、先発ローテーションと言う言葉は用いられない。
- 高校野球はトーナメントのため、決勝が近づくと試合日程が過酷になるが、一番手投手と二番手以下の投手の力の差が大きいことや、ベンチ入りできる人数が少ないことなどから、1人から3人程度の投手で回すことが多い。そのため、しばしばエースの投げすぎが問題視されることがある。近年では、2006年度夏の甲子園で優勝した早稲田実業・斎藤佑樹が1回戦、2回戦、3回戦、準々決勝、準決勝、決勝(延長15回引き分け)、決勝再試合の7試合・69回を全て1人で投げきった(正確には1度だけリリーフ投手と交代したが、その投手がひとつのアウトも取れず斎藤が再登板した)ことが話題となった。