冠詞
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冠詞(かんし;仏英article, 独Artikel, 西artículo)は、英語、フランス語など、インド・ヨーロッパ語族やセム語派の名詞の前ないし後に置かれる品詞であって、形容詞同様、名詞の修飾をする働きを持つ。しかし、形容詞は置く、置かないが任意なのに対し、冠詞については多くの場合文法的に置かなければならない、置いてはならないが決まっているのが大きな相違点である。指示代名詞の用法の一種が語源となっている。日本語には冠詞という品詞はないが、接頭語である「御」が定冠詞的な働きをすることがある(御社・御代・御三家など)。
名詞を修飾する形容詞が名詞の前に置かれている場合、冠詞はさらにその前に置かれる。また、形容詞が名詞の後に置かれる言語でも、冠詞は名詞の前に置かれる。ただし、冠詞が名詞の後ろに置かれる後置定冠詞もある(後述)
言語によっては、名詞の数、格、性によって変化し、名詞そのものがそれらを表しきれないのを補う役目を果たす。そのような言語にあっては、文法上冠詞が必要ない場合でも、名詞の数、格、性を明確にするために冠詞を置くことがある。
また、直後の語の発音によって変化することがある。たとえば、次の語の語頭が母音であるときに、次が子音であるときに比べ、母音を省略したり子音を補ったりすることがよく行われる。英語の定冠詞は、次が子音であるときに弱形の発音を持つ。
一方で、直前に前置詞が置かれるとき、前置詞と結合して縮約形となることがある。フランス語では縮約形を持つ組み合わせの時には、必ず縮約形を使わなければならないが、ドイツ語ではどちらも取りうるなど、言語によって様々である。
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[編集] 冠詞の種類
冠詞の使い分けは、各言語に共通の傾向はあるものの、実際には言語によって大きく異なる。
[編集] 定冠詞
既知のもの(定)を表す名詞の前に置く。また、名詞情報の共有を示す。
- 既出のもの。それ。
- ひとつしかないと一般に認知されているもの。太陽など。
- その名詞が表すもの総体。○○というもの。
- 固有名詞の前で使われることがある。英語では複数形の固有名詞の前。フランス語では国や川の名前の前、また特定の人名、都市名。
[編集] 不定冠詞
未知のもの(不定)を表す名詞の前に置く。一般に、1を表す単語が用いられ、単数の可算名詞の前にのみ置かれて、名詞が複数の場合や不可算名詞の場合には、未知のものを表す名詞の前でも置かれない。 ただし、スペイン語・ポルトガル語には、アナロジーにより派生した不定冠詞複数形が存在する。
なお、フランス語のdesも伝統文法では不定冠詞複数形とされるが、これは起源的にもスペイン語やポルトガル語のものとは性質を異にする。
[編集] 部分冠詞
フランス語などに独特の冠詞で、不定冠詞の一種とも考えられる。量ることができるいくらかの量、またはいくらかの数のものを表す名詞の前に置かれる。 起源的には、部分の属格から発生したもので、そのため「de/di+定冠詞」の形をしている。
[編集] 後置定冠詞
冠詞は通常単語の前に独立して付くが、これが単語の語尾に合体して、あたかも活用変化したかの様に見える冠詞。例として北ゲルマン語群の他、ルーマニア語とブルガリア語とアルバニア語は印欧語族の違う語派であるにもかかわらず、互いに影響しあった結果、文法的に類似した後置定冠詞を持つに至った。
[編集] 各言語の冠詞
[編集] 英語
単数の加算名詞には原則的に付く。sheepなど、集合的と考えられるものは無冠詞である。theは複数名詞にも付くことがあるが、強い限定の意を表す。
- 定冠詞
-
- the(子音の前では普通弱形の発音となる)
- 既出単語。代名詞にするとit, they
- 不定冠詞
-
- a(母音の前ではan、不定冠詞を強調する場合には[eɪ]と発音される)
- 初出単語。代名詞にするとone
[編集] スペイン語
英語と異なり、主語となる名詞には原則的に定冠詞がつく(不定冠詞はその意味を強調するときにのみ使われ、無冠詞は主語ではあり得ない)。また、不定冠詞の複数形は「いくつかの」(英語のsome)と同じように使われることが多い。
- 定冠詞
-
- el(男性単数)
- los(男性複数)
- la(女性単数)
- las(女性複数)
- lo(中性)
- 不定冠詞
-
- un(男性単数)
- unos(男性複数)
- una(女性単数)
- unas(女性複数)
なお、女性名詞でも、aあるいはhaで始まる単語で、その音節にアクセントが来る場合には、elやunが使われる。
例: el agua(水)、un hada(妖精) cf. La Habana(ハバナ: キューバの首都)、la ansiedad(不安)
また、中性形は形容詞を名詞化する際に使われる。
例: Lo maravilloso de esta ciudad es la gastronomía.(この街のすばらしい点は美食です)
[編集] ポルトガル語
- 定冠詞
-
- o(男性単数)
- os(男性複数)
- a(女性単数)
- as(女性複数)
- 不定冠詞
-
- um(男性単数)
- uns(男性複数、綴り注意)
- uma(女性単数)
- umas(女性複数)
[編集] ドイツ語
格変化表
定冠詞
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不定冠詞
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[編集] フランス語
定冠詞は特定の前置詞と共に用いられた場合は、必ず結合形を用いる。
- 定冠詞
-
- le(男性単数)
- la(女性単数)
- ともに母音および「無音のh」の前では l'
- les(複数)
- 不定冠詞
-
- un(男性単数)
- une(女性単数)
- des(複数)
- desは部分冠詞複数とも考えられる。
- 部分冠詞
-
- du(男性単数)
- de la(女性単数)
- ともに母音および「無音のh」の前では de l'
[編集] イタリア語
イタリア語は定冠詞を多用する。たとえば my car は il mio automobile (the my car) という。
- 定冠詞
-
- il(男性単数)
- 母音、"s impura" の前では lo ただし母音の前では l'
- i(男性複数)
- 母音、"s impura" の前では gli
- la(女性単数)
- 母音の前では l'
- le(女性複数)
- 不定冠詞
-
- un(男性単数)
- "s impura" の前では uno unoも母音の前ではunとなる
- una(女性単数)
- 母音の前では un'
[編集] エスペラント
エスペラントでは置くかどうか迷ったときは置かなくてもよい。数、性、格による変化はない。
- 定冠詞
- la
-
- 母音を省略し l' とできる。詳しくはアポストロフィー#音と文字の省略を表すアポストロフィーを参照。
[編集] アラビア語
数、性、格による変化はない。名詞に定冠詞がつくと形容詞にも定冠詞をつける。イダーファ構文の場合では最後の単語にのみ定冠詞をつける。
- 定冠詞
- ال (al-)
-
- 定冠詞の後に太陽文字がくると太陽文字を促音で発音する。その際に前に名詞がある場合は定冠詞が発音されない場合もある。