商行為
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商行為(しょうこうい)とは大陸法系の商法において、その適用範囲を確定する際に用いられる基本概念の一つ。また、企業活動の意味でも用いられる。
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[編集] 商行為の機能
商行為は、それを行った場合に商法の適用を受ける。日本商法典では商法501条および502条を中心として商行為に関する規定がある。この商行為を先に定義し、それを基軸として商法の適用範囲を規定する方法を商行為主義、あるいは行為の性質に着目していることから客観主義という。これに対して商人概念を先に定義する方法を商人主義、あるいは行為の主体に着目することから主観主義という。日本商法は商行為概念から商人概念を導きだす構成が基本となっているが、商人概念から商行為概念を導く規定も併存しているため、折衷主義を採っているといわれる。日本商法では、商行為概念が商法の適用を受けるべき主体であるところの商人、会社、船舶を定義する際に商行為概念が用いられている。すなわち自らを権利義務の帰属主体として商行為を営業として行う者が商人であり(商法4条1項)、商行為を営業として行うことを目的として設立された社団が会社であり(商法52条1項)、商行為を行うことを目的として航海に用いられるものが船舶である(商法684条)。
ある行為が商行為であるかどうかが争われる理由は様々あるが、頻繁に登場するのは商事法定利率や商事時効の規定が適用されるか否かを争う事例である。民法上の法定利率が年5パーセントであるのに対して商事法定利率は年6パーセントであるため(商法514条)、利息を請求するものにとっては商行為である方が、つまり商法の適用がある方が有利である。また商行為によって発生した債権は民法上の原則である10年よりも短い5年で時効にかかるため(商法522条)、当事者の利害に重要な差をもたらす。
[編集] 歴史
商行為の概念は18世紀から19世紀にかけてのフランス、すなわちフランス革命によって生まれた。それまでの商法は商人という身分に属する者に適用される法、階級法であった。この身分という考え方はフランス革命で生まれた自由の精神、特に営業の自由と相容れない。しかし商法を廃止してしまうことはためらわれた。というのも、まだ経済的に混乱していた当時の状況を考えれば、破産制度を残さなければならなかった。そして当時はまだ商人にしか破産が認められていなかったため、商人の破産を扱う商事裁判所を残す必要があり、その管轄を確定するためには商法がなお必要だったのである。そこで商法という法を革命の精神と抵触しないように残すための概念として商行為が考案された。商行為は行為の性質に着目するのであって行為をした人の身分・性質を問題としない。これによって革命の精神と商法を残す(それによって商事裁判所を残し、破産制度を維持確立する)という目的を両立させた。
その後、この商行為概念は1861年に制定された普通ドイツ商法典(Allgemeines Deutsches Handelsgesetzbuch)にも用いられたが、その意図は異なる。このときドイツはまだ統一された国家を形成できずにいた時期である。それでも経済的には統一してドイツ域内に適用される法律を生み出すため、商行為概念が用いられた。ここでは本来民法の領域に属するような取引も包含させる必要があったため、一方的商行為という規定によって商行為概念が拡張し、商法を適用する場面をできるだけ増やそうとした。
日本商法典もその初めから商行為概念を取り入れている。まず1890年(明治23年)に公布されたがその一部しか施行されることがなかった旧商法は、ドイツ人の国家学者ロエスレル(Karl Friedrich Hermann Roesler)が主にフランス商法典を参考として起草しており、前述のようにフランス商法典は商行為概念を用いている。また、1899年に公布された商法典(いわゆる明治32年商法)は前述の普通ドイツ商法典を参考に制定されており、こちらでも商行為概念が用いられている。このようにして日本商法典には商行為が基本概念として取り入れられたが、ロエスレルは商人法主義をも導入していたため、日本商法は折衷主義を採ることになった。
日本商法典は上述のように商行為を基本概念に据えているが、一部商人法主義を取り入れ、さらに解釈によっても商人法主義へ傾斜している。具体的には、商法501条および502条に列挙された商行為は例示的に示された者ではなく、そこに列挙されたものだけが商行為である(限定列挙である)という解釈が通説となっている。
[編集] 商行為の分類
商行為はそれを行った者について商法を適用するための概念であり、日本商法においては様々に分類されている。まず商法501条および502条に商行為であるとされる行為が列挙されている。このうち商法501条に列挙された行為はたとえそれを行ったのが一回限りであったとしても商法が適用される。これを絶対的商行為という。
これに対し、行為をした者が企業としての性質をもっている場合にだけ商行為とされ、商法の適用を受ける行為もある。これは相対的商行為といわれる。
相対的商行為は、商法502条に列挙された営業的商行為と、商法503条に規定された付属的商行為に分類される。営業的商行為は、商法502条に列挙された行為を営業として行った場合にのみ商法の適用を受ける。付属的商行為は商人(会社も含まれる)が自己の企業活動のために行った場合にのみ商法の適用を受ける。
また絶対的商行為と営業的商行為は、それを営業として行う者を商人として扱うのであるから、商人概念の基礎となるものである。よって両者をあわせて基本的商行為という。これに対し、商人が行うからこそ商行為とされる(商人概念から商行為概念を導いている)のが付属的商行為である。よってこれを基本的商行為と対比させる意味で補助的商行為ともいう。
なお、絶対的商行為については担保附社債信託法3条にも、営業的商行為については信託法6条および無尽業法1条にも規定がある。
また、商行為が当事者のどの範囲にまで適用されるのかに従って双方的商行為と一方的商行為に分類される。双方的商行為は当事者の双方が自らにとって商行為となるような行為をしたときにのみ商行為として商法の適用を受ける場合である。他方、一方的商行為は当事者のどちらかにとって商行為であれば当事者の双方に商法が適用される場合をいう。
民事会社の行為には商行為規定が準用される。これを準商行為と呼ぶ。
[編集] 絶対的商行為
絶対的商行為は、たとえ商人ではない素人が偶然に一回限りで行ったとしても商法の適用を受ける。商法501条に列挙されており、限定列挙である。以下にこれを列挙する。なお、番号は商法501条の号数に対応している。
- 投機購買・実行売却
- 投機売却・実行購買
- 取引所においてする取引
- 商業証券に関する行為
投機購買・実行売却とは、「安く買って、高く売る」ことである。その対象は動産、不動産、および有価証券に限定されている。投機売却・実行購買は、まず売却する契約を結んで、その売却予定価格よりも低い値段で物品を仕入れてくることである。以上二つの行為が商行為とされるためには、行為を行う際に投機の意思がなければならない。取引所においてする取引とは証券取引所などの施設で行われる取引のことであるが、証券取引法や商品取引法に詳しい規定があり、しかもこれらの取引は投機売買の典型として、あるいは取次行為として本号に規定するまでもなく商行為であるから、この規定は事実上無意味なものである。商業証券に関する行為とは、証券上に署名することによって権利を発生、移転させる行為をいう。この規定も手形法および小切手法の制定によって意義が乏しくなってはいるが、無意味となったわけではない(特に商法518条)。
このほか担保付社債信託法3条において、同法に基づく信託の引受は商行為であると規定されており、これも絶対的商行為である。
[編集] 営業的商行為
営業的商行為は、それを営業として行った場合にのみ商行為として扱われ、商法が適用される。商法502条に列挙されており、限定列挙であると考えられている。つまり、これ以外に解釈によって商行為を認めることはできないとされている。以下にこれを列挙し、必要と思われるものについては解説する。なお、番号は商法502条の号数に対応している。
- 投機貸借
- 他人のためにする製造・加工
- 電気・ガスの供給
- 運送
- 作業・労務の請負
- 出版・印刷・撮影
- 場屋取引
- 両替その他の銀行取引
- 営利保険
- 寄託の引受
- 仲介・取次
- 商行為の代理の引受
投機貸借とは、他者に貸し付ける意思で動産または不動産を取得ないし貸借し、これを他者に貸し付ける行為をいう。レンタカー業、レンタルCD業、不動産賃貸業などがこれにあたる。
他人のためにする製造・加工は、他人から材料をもらい、あるいは他人の資金で材料を買い入れて加工や製造を行う契約をいう。クリーニング業もこれにあたる。
運送については商法559条以下に規定がある運送業者の行為がこれにあたる。
場屋取引(じょうおくとりひき)とは、人を集める施設を設けて、これを利用させる行為をいう。ホテル、飲食店、銭湯、遊園地、病院などがこれにあたる。理髪業がこの場屋取引にはあたらないとした裁判例もあるが、それは昭和初期の理髪業が未だに髪結い的な性格を残していたことを考慮した判断であって、その後の社会情勢の変化から理髪業を場屋取引に含めることにつき異論はない。
銀行取引とは、銀行法にいう銀行業務とはまた別の概念で、金銭などを預かる一方でそれを貸し付けるという受信行為と与信行為を一体として行っていること、すなわち転換媒介行為をいう。よっていわゆるサラ金などの貸金業は受信行為がないために商行為を業とするとは言えず、従って商人ではないとされてきた。
営利保険とは、保険者が保険契約者から対価を得て保険を引き受けることをいい、相互会社による保険は含まない。
寄託の引受の典型は商法597条以下に規定された倉庫営業である。
仲介・取次の典型は代理商(媒介代理商)、仲立業、取次業である。
商行為の代理の引受は、代理商(締約代理商)がその典型である。
このほか、商法以外にも営業的商行為が規定されている。まず信託法6条によって、信託を営業として行う場合には商行為になると規定されている。しかし信託業法において信託を行うことができるのは営業免許を受けた株式会社に限定されている。株式会社を含め会社は全て商人とされているから、その行為が商行為となるのは当然であり、信託法6条の規定は無意味化している。また、無尽業法2条において無尽が営業として行われる場合には商行為となることが規定されている。しかし信託の場合と同様、無尽業を行うことができるのは営業免許を受けた株式会社だけであるからこの規定は実質的に無意味であり、しかも無尽業法の適用を受ける無尽業者は非常に少ない。