大阪信用金庫
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大阪信用金庫のデータ | |
統一金融機関コード | 1630 |
店舗数 | 75店 (2004年10月12日現在) |
設立日 | 1920年2月12日 |
本店 | |
所在地 | 〒543-0001 |
大阪市天王寺区上本町八丁目9番14号 | |
電話番号 | 06-6772-1521 |
外部リンク | 大阪信用金庫 |
大阪信用金庫(おおさかしんようきんこ)は、大阪府大阪市天王寺区上本町に本店を置く信用金庫。略称は「大信」(だいしん)。統一金融機関コードは、1630。経営理念は「5S+1H(Satisfaction、Support、Substance、Step by step、Shinkin spirit、Hospitable)」である。大阪府内のほぼ全域に支店を構えるほか、兵庫県尼崎市にも支店がある。
1995年12月7日に、大信と名称のよく似た「大阪信用組合」(通称「さかしん」)という信用協同組合が経営破綻し、名称を混同したと思われる顧客の預金引出しが相次いだため、大信が急遽「大阪信用金庫は『だいしん』、大阪信用組合は『さかしん』で、『さかしん』とはいっさい関係がありません」と書かれた貼り紙を店頭に貼り出した、というエピソードがある。
また、現存する大阪市信用金庫(略称:市信)とも名前が似ており、ともに京セラドーム大阪に広告を出していることから、混同されることが多い。両者には関係がないため、区別の意味も込めて共に略称で呼ばれることが多い。
一時、大信の店頭に取り付けられている看板は、赤色と青色の2種類のものが存在したが、これは、2004年の旧・南大阪信用金庫との合併の際に、合併の当事者となった金庫同士の名称が似ていることから、旧・南大阪信金の店舗において、合併前から付けられていた看板(赤色)のデザインを一部変更して使用していたからである。しかし、2007年2月以降、全営業店が青色看板となっている。
なお、南大阪信用金庫の消滅により、堺市に本店を置く金融機関は堺市農業協同組合のみとなった。
[編集] 沿革
- 1920年2月12日 設立。
- 1943年7月22日 「大阪信用組合」に名称変更。
- 1951年10月20日 信用金庫法の施行に伴い、現在の名称に再変更。
- 1955年9月 「大阪相互信用金庫」が「相互信用金庫」に名称変更。
- 1961年8月 「岸和田市春木信用金庫」が「春木信用金庫」に名称変更。
- 1966年2月 「堺信用金庫」と「堺興業信用金庫」が合併、名称を「堺市信用金庫」に変更。
- 1969年4月 「相互信用金庫」が「明治信用金庫」を吸収合併。
- 1975年4月 「三和信用金庫」が「住吉信用金庫」を吸収合併。
- 1977年4月 「阪南信用金庫」と「堺市信用金庫」が合併、「泉陽信用金庫」に。
- 1981年10月 「泉大津信用金庫」「岸和田信用金庫」「春木信用金庫」の3者が合併し、名称を「泉州信用金庫」に変更。
- 1992年10月1日 旧・東洋信用金庫(同日付で、旧・三和銀行と合併、現在の三菱東京UFJ銀行)の営業の一部を譲受け。
- 1997年10月6日 「三和信用金庫」を吸収合併。
- 2001年11月12日 「泉陽信用金庫」が「泉州信用金庫」を吸収合併、名称を「南大阪信用金庫」に変更。
- 2002年3月25日 旧・大阪第一信用金庫(2001年10月19日経営破綻)の営業の全部を譲受け。
- 2002年6月10日 旧・相互信用金庫(2002年1月25日経営破綻)の営業の全部を譲受け。
- 2004年10月12日 「南大阪信用金庫」を吸収合併。