栄螺堂
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栄螺堂(さざえどう)は、福島県会津若松市にある、江戸時代後期の特異な建築様式の仏堂である。
[編集] 概要
白虎隊の墓所のある飯盛山の近くに建っている。重要文化財としての指定名称は「旧正宗寺三匝堂」(きゅうしょうそうじさんそうどう)である。内部構造、または概観がサザエに似ていることから「栄螺堂」と呼ばれる。
平面六角形の特異な建物である。概ね三層構造といえるが、内部には二重らせん構造の斜路が続き、右回りに上る斜路と左回りに下りる斜路が別々に存在する。入口から斜路を最上階まで上り、他者とすれ違うことなく、別の斜路を降りて出口から出ることができる。
栄螺堂は、この地にあった正宗寺の仏堂として、江戸時代後期の寛政8年(1796年)(『新編会津風土記』による)に当時の住職であった郁堂が建立したものである。当時は阿弥陀如来を本尊とし、斜路には三十三観音像が安置されていたという。神仏混交の信仰形態をもっていた正宗寺は、明治初期の廃仏毀釈で廃寺となり、以後、栄螺堂は個人の所有となっている。また、堂内にあった三十三観音像は他所へ移され、代わりに「皇朝二十四孝」の額が取りつけられている。
栄螺堂あるいは三匝堂と呼ばれる堂は江戸後期、各地の寺院に建てられ、東京都足立区の總持寺(西新井大師)にも同名の堂があるが、旧正宗寺三匝堂のような特異な内部構造をもった堂は他に知られず、稀有な例として1995年6月27日付けで国の重要文化財に指定された。
二重らせん構造を有する近代以前の建築物としては、世界では他にフランス、ロワール地方のシャンボール城内部にある、レオナルド・ダ・ヴィンチの設計による二重らせん階段が知られている。ダ・ヴィンチのアイデアが蘭書に掲載され、めぐりめぐって会津地方まで伝わったのではないかという説もあるが、物証は無く定かではない。