楊原神社
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楊原神社 | |
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所在地 | 静岡県沼津市下香貫宮脇335 |
位置 | 北緯35度05分08秒 東経138度52分16秒 |
主祭神 | 大山祇命 磐長姫命 木花開耶姫命 |
社格等 | 式内社(名神大)・郷社 |
本殿の様式 | 神明造 |
例祭 | 1月17日 |
楊原神社(やなぎはらじんじゃ)は、静岡県沼津市にある神社である。式内社(名神大)で、旧社格は郷社。
JR沼津駅の南南東約3kmの所にある。
大山祇命を主祭神とし、その娘の磐長姫命・木花開耶姫命を配祀する。治水産業の神や山の神として名高い。例祭として「御輿洗いの儀」も著名。
[編集] 歴史
創建時期は定かではない。当初は現在地より東南東に500メートルほど離れた、現在の沼津市楊原の地にあった。牛臥山の麓の大朝神社(沼津市下香貫牛臥)と共同で例祭を行うなど密接な関係にあることから、大朝神社が奥宮、楊原神社が里宮という関係にあったものと見られる。すなわち、牛臥山の麓に住んでいた人々の一部が楊原の地を開拓して移り住み、その地に牛臥山の遙拝所を設け、参拝者が増えたことから社殿を設けて楊原神社となったということである。上香貫・下香貫・我入道の総鎮守とされ、古くは大宮大明神、または香貫大明神とも呼ばれていた。
国史の初見は、『日本三代実録』貞観元年1月17日条の従五位上の神階を授けられたという記述である。延喜式神名帳で伊豆国田方郡唯一の大社(名神大社)に列せられている。『伊豆国神階帳』では「従一位やきわらの明神」と記されている。
最盛期には五百石を寄進され、社家が30余りあったといわれる。戦国時代に兵禍に遭って社殿ほかを焼失し、天正18年(1590年)、現在地に再建・遷座された。明治8年2月に郷社に列した。
[編集] 祭事
例祭は、楊原神社・大朝神社共同で行われる。両社の神輿が大朝神社近くの我入道浜に渡御し、神輿をかついだまま海の中に入る「御輿洗いの儀」が行われる。
[編集] 外部リンク
- 楊原神社(延喜式神社の調査)
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