権利能力なき社団
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権利能力なき社団(けんりのうりょくなきしゃだん)とは、社団としての実質を備えていながら法令上の要件を満たさないために法人としての登記ができないか、これを行っていないために法人格を有しない社団をいう。法人格のない社団ともいう。
典型的なものとしては、設立登記前の会社や入会集団などがある。
目次 |
[編集] 各種の法における取扱い
[編集] 民事訴訟法における取扱い
「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの」は、その名において訴え、また、訴えられることができるとされる(民事訴訟法29条)。
[編集] 法人税法における取扱い
権利能力なき社団は法人税法上、内国法人の一つとして扱われる(同法における定義語は、人格のない社団等)。「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの」とされており、公益法人等と同様に収益事業を行う場合又は退職年金業務を行う場合に限り納税義務を負うこととされる。
[編集] 地方税法における取扱い
「法人でない社団又は財団で代表者又は管理人の定めがあるもの」について、収益事業(法人税法施行規則第5条に列挙の事業)を行う場合に法人とみなす規定があるが、住民税均等割部分については法人みなしを経ずに納税義務者としている。(道府県民税:24条1項4号、市町村民税:294条1項4号)
[編集] 権利能力なき社団に関する議論
[編集] 概要
権利能力を有しないため、それ自体は権利及び義務の主体となりえないにもかかわらず、社団としての実質を備えて活動しており、時として社団の名において権利を有し、又は義務を負うがごとき外観を生じる。このような場合に権利・義務関係をいかに処理すべきかが問題とされる。
[編集] 判例による定義
そもそもの前提として、いかなる団体が権利能力なき社団として扱われるかという問題がある。学説はこれを様々に論じるが、判例によると、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にも関わらず団体そのものが存続し、代表の方法・総会の運営・財産の管理その他団体として主要な点が確定している場合、権利能力なき社団として扱われるとされる(最判昭和39年10月15日民集18巻8号1671頁 )。
なお、沖縄における血縁団体(門中)を権利能力なき社団と認定した判決も存在する(最判昭和55年2月8日民集34巻2号138頁)。
[編集] 財産の帰属
権利能力なき社団それ自体は権利能力を有しておらず、権利・義務の主体にはならない。したがって、実質的に権利能力なき社団が権利・義務となっている外観がある場合は、権利・義務の帰属は社団の構成員に解消されなくてはならない。この場合の法的性質をどのように理解するかが学説上争われている。
この点に関して、判例はこれを総有であると理解している。総有とは、財産の共同所有形態の一種であり、団体の構成員は財産の使用収益権を持つが、団体的拘束が強いために、個々の構成員の持分権を観念することが困難であり、個々の構成員が共有財産の分割請求や自己の持分の処分をすることができないものという(最判昭和32年11月14日民集11巻12号1943頁)。
[編集] 構成員の責任
権利能力なき社団の構成員が社団の債務につき弁済の責任を負うかが論じられる。判例は、構成員の責任を有限責任と理解し、構成員が社団に出資した限度でのみ責任を負うとする(最判昭和48年10月9日民集27巻9号1129頁参照)。これに対し、学説の主流は、社団の性質を考慮せず一律に有限責任であるとするのは不当だと批判し、報償責任の原則から、営利目的の社団については無限責任、非営利目的の社団については有限責任とすべきだと主張している。
[編集] 団体名義の登記
権利能力なき社団名義の登記を認めるべきかが裁判上争われたことがある。判例は、この点に関し、権利能力なき社団の有する権利は構成員に総有的に帰属するのであるから、社団自体は登記請求権を有しないと結論付けた(最判昭和47年6月2日民集26巻5号957頁、不動産登記において基本判例と呼ぶ)。
[編集] 権利能力なき財団
[編集] 権利能力なき財団に関する判例
「権利能力なき財団」については、「個人財産から分離独立した基本財産を有し、かつ、その運営のための組織を有していること」を必要とする旨の判例がある(最判昭和44年11月4日民集23巻11号1951頁)。この判例は財団法人の設立過程にある財団に関するものである。
[編集] 不動産登記
[編集] 登記の可否
#団体名義の登記で述べた基本判例が出る以前から、登記実務では権利能力なき社団名義での登記はできないとされている(昭和22年2月18日民甲141号回答)。また、社団の代表者である旨の肩書きを付した代表者個人名義の登記も基本判例により許されないとされたが、登記実務では判例以前からできないとされている(昭和36年7月21日民三635号回答)。
登記は、代表者個人名義又は権利能力なき社団の構成員全員の共有名義でするというのが登記実務である(昭和23年6月21日民甲1897号回答)。なお、代表者でない構成員個人名義でも登記できるとした判例がある(最判平成6年5月31日民集48巻4号1065頁)。
また、仮処分登記名義人(登記研究457-120頁)、仮差押登記名義人(登記研究464-116頁)、信託登記の受益者(昭和59年3月2日民三1131号回答)としても権利能力なき社団は登記できない。
一方、権利能力なき社団は抵当権などの債務者としては登記できる(昭和31年6月13日民甲1317号回答)。債務者は登記名義人ではなく登記事項の1つに過ぎないからである(不動産登記法83条1項2号)。同様に個人の商号も、例えば「債務者 何市何町何番地 A商店」のように登記できる(同先例)。
ただし、権利能力なき社団を債務者とする不動産工事の先取特権保存登記を申請することはできない(登記研究596-87頁)。不動産工事の先取特権には物上保証のような性格はないからである。
[編集] 代表者の交替
[編集] なすべき登記
権利能力なき社団の代表者名義で登記されている不動産につき、代表者が死亡・更迭などにより交替した場合、#団体名義の登記で述べた基本判例は所有権移転登記をするべきであるとしている。登記実務では当該判決が出る以前から所有権移転登記をするとしている(昭和41年4月18日民甲1126号回答)。
なお、権利能力なき社団が地方自治法260条の2第1項の認可を受けた場合になすべき登記については認可地縁団体を参照。
[編集] 登記に関する実例
権利能力なき社団の代表者名義で登記されている不動産につき、当該代表者の死亡後当該社団が第三者にその所有権を譲渡した場合、現在の代表者名義に所有権移転登記をしてから第三者名義に所有権移転登記をするべきである(平成2年3月28日民三1147号回答)。
権利能力なき社団の代表者名義で登記されている不動産につき、代表者の交替による所有権移転登記がされている場合、当該不動産は実質的には権利能力なきに社団の所有に属すると推定されるので、当該不動産につき相続を原因とする所有権移転登記は原則として受理すべきでない(登記研究459-98頁)。しかし、当該不動産を代表者個人のものとした可能性もあり、その場合例えば代表者AからAへの所有権移転登記はすることができないので、結局相続登記が申請されれば受理せざるを得ない(登記研究572-75頁)。
権利能力なき社団の代表者名義で登記されている不動産につき、当該代表者を被相続人とする相続登記がされている場合、代表者の交替による所有権移転登記をするためには、前提として相続登記に対して所有権抹消登記をするのが相当である(登記研究550-181頁)。
[編集] 登記申請情報(一部)
- 登記の目的(不動産登記令3条5号)
- 代表者がAからB又はB・Cに交替した場合、「所有権移転」とする。AからA・Bに交替した場合、「所有権一部移転」とする(昭和53年2月22日民三1102号回答)。A・BからA又はA・Cに交替した場合、「B持分全部移転」とする。A・BからC又はC・Dに交替した場合、「共有者全員持分全部移転」とする。なお、A・BからA・B・Cに交替した場合、「A持分一部移転」又は「B持分一部移転」又は「A持分何分の何、B持分何分の何移転」とする(登記研究546-153頁参照)。
- 登記原因及びその日付(不動産登記令3条6号)
- 登記原因は「委任の終了」である(昭和41年4月18日民甲1126号回答・昭和53年2月22日民三1102号回答)。日付は原則として新代表者選任の日であり、登記申請の日ではない(登記研究450-127頁・573-124頁)。ただし、代表者がA・BからAのように交替した場合、Bが退任等した日である。
- 原因と日付を併せて「平成何年何月何日委任の終了」のように記載する。
- 登記申請人(不動産登記令3条1号)
- 所有権を得る新代表者を登記権利者とし、失う旧代表者を登記義務者として記載する。なお、新代表者が2人以上いる場合は持分の記載も必要である(不動産登記令3条9号本文)。一方、#団体名義の登記で述べた基本判例は、代表者の交替による手続きは信託における受託者の更迭の場合に準ずるとしており、それに従うなら持分の記載はできないことになる(不動産登記令3条9号かっこ書参照)。
- 添付情報(不動産登記規則34条6号、一部)
- 登記原因証明情報(不動産登記法61条・不動産登記令7条1項5号ロ)、登記義務者の登記識別情報(不動産登記法22条本文)又は登記済証及び書面申請の場合には印鑑証明書(不動産登記令16条2項・不動産登記規則48条1項5号及び同規則47条3号イ(1)、同令18条2項・同規則49条2項4号及び同規則48条1項5号並びに同規則47条3号イ(1))、登記権利者の住所証明情報(不動産登記令別表30項添付情報ロ)を添付する。
- 添付不要なもの
- 代表者の選任に関する議事録や権利能力なき社団の規約の添付は要求されていない(登記研究449-88頁)。また、移転登記の対象が農地であっても、農地法3条の許可書(不動産登記令7条1項5号ハ)の添付は不要である(昭和58年5月11日民三2983号回答)。
- 登録免許税(不動産登記規則189条前段)
- 不動産の価額の1,000分の20である(登録免許税法別表第1-1(2)ハ)。なお、端数処理など算出方法の通則については不動産登記#登録免許税を参照。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
[編集] 参考文献
- 香川保一編著 『新不動産登記書式解説(一)』 テイハン、2006年、ISBN 978-4860960230
- 「カウンター相談-85 権利能力なき社団を債務者とする不動産工事の先取特権保存の登記について」『登記研究』596号、テイハン、1997年、87頁
- 「質疑応答-6550 法人格のない社団の代表者の変更の登記」『登記研究』449号、テイハン、1985年、88頁
- 「質疑応答-6568 法人格なき社団の代表者が更迭した場合の登記原因の日付」『登記研究』450号、テイハン、1985年、127頁
- 「質疑応答-6680 法人格を有しない社団又は財団を債権者とする仮処分登記の受否」『登記研究』457号、テイハン、1986年、120頁
- 「質疑応答-6708 「委任の終了」を登記原因として取得した不動産の相続登記」『登記研究』459号、テイハン、1986年、98頁
- 「質疑応答-6759 権利能力なき社団名義の仮差押登記の可否」『登記研究』464号、テイハン、1986年、116頁
- 「質疑応答-7379 均等な各共有者の持分を数人に均等移転する場合の登記の目的について」『登記研究』546号、テイハン、1993年、152頁
- 「質疑応答-7403 いわゆる権利能力なき社団の代表者名義の不動産につき相続登記がされている場合の登記手続について」『登記研究』550号、テイハン、1993年、181頁
- 「質疑応答-7526 権利能力なき社団の代表者が死亡した場合の登記原因の日付」『登記研究』573号、テイハン、1995年、124頁
- 「登記簿 委任の終了を原因として取得した不動産についてする相続の登記」『登記研究』572号、テイハン、1995年、75頁