所有権移転登記
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所有権移転登記(しょゆうけんいてんとうき)は不動産登記の態様の1つ。不動産の所有権が登記名義人から他人に承継された場合、第三者に対抗するためには原則として所有権移転登記が必要となる(民法第177条)。その方法は一般承継か特定承継かによって一部手続きが異なる。なお、所有権の登記のない不動産については、まず所有権保存登記(不動産登記法74条ないし76条、不動産登記規則157条)を行わなければならない。
目次 |
[編集] 一般承継
[編集] 概要
一般承継とは、前所有者の有する権利・義務の一切を承継することである。包括承継とも言う。前所有者が不動産の登記名義人であった場合、当然に所有権の承継が行われる。自然人についてはは相続が、法人については合併があてはまる。なお、会社分割も一般承継ではある(平成13年3月30日民二867号通達第1-3)が、登記手続きは共同申請で行う(同通達第2-1(1))。よって、本稿では便宜特定承継の項目に含めている。
[編集] 登記事項
- 絶対的登記事項
- 登記の目的、申請の受付の年月日及び受付番号、登記原因及びその日付、登記名義人の氏名又は名称及び住所並びに登記名義人が2人以上であるときはその持分(以上不動産登記法59条1号ないし4号)、順位番号(不動産登記法59条8号、不動産登記令2条8号、不動産登記規則1条1号・同147条1項及び3項)である。
- 相対的登記事項
- 代位申請によって登記した場合における、代位者の氏名又は名称及び住所並びに代位原因である(不動産登記法59条7号)。共有物分割禁止の定めについては、不動産登記法65条において変更登記でするよう規定されており、所有権移転登記の登記事項とできるかどうか争いがある。
[編集] 登記申請情報(一部)
- 登記の目的(不動産登記令3条5号)
- 不動産が前所有者の単独所有であった場合、「所有権移転」とし、前所有者Aと他人Bの共有であった場合、「A持分全部移転」とする。
- 登記原因及びその日付(不動産登記令3条6号)
- 登記申請人(不動産登記令3条1号)
- 相続の場合、(被相続人 A)のように記載し、その下に相続人の住所及び氏名を記載する(法務局、法定相続の申請書の書式、別紙1参照)。合併の場合も同様に、(被合併会社 株式会社B)のように記載し、その下に記載すべき申請人の資格は「権利承継者」・「承継会社」等分かるように記載すればよい。なお、申請人が法人であるので、その代表者の氏名も記載しなければならない(不動産登記令3条2項)。
- 添付情報(不動産登記規則34条6号、一部)
- 登記原因証明情報(不動産登記法61条・不動産登記令7条1項5号ロ、後述)、住所証明情報(不動産登記令別表30項添付情報ロ)を添付する。合併の場合は更に代表者資格証明情報(不動産登記令7条1項1号)も原則として添付しなければならない。
- 添付不要なもの
- 既述のとおり単独申請で行うので、登記識別情報の添付は不要である(不動産登記法22条前段参照)。また、登記義務者が存在しないので、その印鑑証明書の添付も不要である(不動産登記令16条2項・不動産登記規則48条1項4号及び同規則47条3号ハ、同令18条2項・同規則49条2項4号及び同規則48条1項4号並びに同規則47条3号ハ)。
- 登録免許税(不動産登記規則189条前段)
- 不動産の価額の1,000分の4である(登録免許税法別表第1-1(2)イ)。 なお、端数処理など算出方法の通則については不動産登記#登録免許税を参照。
[編集] 申請人に関する論点
共同相続人全員のための相続登記を、そのうちの1人から申請することができる(民法252条ただし書)。一方、共同相続人中一部の者の申請により、その者の相続分についてのみ相続登記をすることはできない(昭和30年10月15日民甲2216号回答)。
[編集] 登記原因証明情報に関する論点
[編集] 相続
前所有者(被相続人)の生殖能力があると考えられる年齢以降死亡までの戸籍謄本・除籍謄本等が必須である(昭和34年12月14日法曹会決議)。また、相続人となるべき者の戸籍謄本も添付しなければならない。
相続人に修正があった場合、それを証する書面(相続放棄申術受理証明書など)を添付する。相続分に修正があった場合、それを証する書面(特別受益証明書など)を添付する。法定相続分(民法900条・901条)と異なる相続をした場合、それを証する書面(遺言書や遺産分割協議書など)を添付する。
[編集] 合併
原則として、法人の登記事項証明書である。会社の合併の場合、合併の記載がある新設会社又は吸収合併存続会社の登記事項証明書である(平成18年3月29日民甲二755号通達知1-(1))。合併契約書ではない。
[編集] 特定承継
特定承継とは、前所有者の有する権利・義務のうち一定部分を承継することである。不動産の所有権も契約等により承継できる。売買が典型例である。
[編集] 登記事項
一般承継の場合の登記事項のほか、相対的事項として権利に関する消滅の定めも登記することができる(不動産登記法59条5号)。具体的には「特約 買主Aが死亡したときは所有権移転が失効する」のように記載する。この特約を登記するには所有権移転登記と一括で申請しなければならない(不動産登記令3条11号ニ)。また、この特約は付記登記でされる(不動産登記規則3条6号)。
[編集] 登記申請情報(一部)
[編集] 登記の目的
一般承継と異なり、所有権又は持分の一部の移転も可能である。その場合、「所有権一部移転」・「A持分一部移転」などと記載する。
前所有者が数回に分けて所有権を取得している場合、順位番号を指定して特定の一部についての移転も可能である。その場合、「所有権一部(順位4番で登記した持分)移転」などと記載する。これは、特定の持分について抵当権が設定されている場合などに実益がある。
[編集] 登記原因
民法又は民法の特別法に根拠があるものを原因とできる。具体例を、根拠条文と共に示す。なお、この項目に限り、特記がない場合、条文は民法のものである。
売買(555条)、贈与(549条・553条・554条)、遺贈(964条)、交換(586条1項)、共有物分割(256条1項本文・258条)、代物弁済(482条)、和解(695条)、財産分与(768条・771条・749条)、時効取得(162条)、遺留分減殺(1031条)、持分放棄(255条)、解除(541条ないし543条・557条1項)、買戻し(579条)
会社分割(会社法757条ないし766条)、現物出資(会社法34条1項)、出資(会社法576条1項6号参照)、収用(土地収用法2条など)、信託(信託法1条・14条・27条など)。
他に、以下のようなものがある。
- 共同相続登記後に遺産分割(907条)が成立した場合の「遺産分割」(昭和28年8月10日民甲二三1392号通達知回答)
- 承役地の所有者による、地役権に必要な土地の部分の所有権の放棄により地役権者に移転する場合(「民法第287条による委棄」と記載する)
- 委任事務における、受任者による委任者への取得した権利の移転の場合(「民法第646条2項による移転」と記載する)
- 権利能力なき社団の代表者の交替時における「委任の終了」(昭和41年4月18日民甲1126号回答)
- 不動産の所有者が死亡したが相続人がおらず、特別縁故者へ所有権が移転する場合(「民法第958条の3の審判」と記載する)
- 共有物について特別縁故者がいない場合の他の共有者への帰属(255条)である「特別縁故者不存在確定」(平成3年4月12日民三2398号通達)
- 権利に関する消滅の定め(既述)が登記されている不動産の所有者が死亡した場合の「所有権者死亡」
譲渡担保は条文には存在しないが、判例で認められている。また、特殊な原因として「真正な登記名義の回復」がある。これは、本来抹消登記をするべきであるところ、利害関係人の承諾証明情報(不動産登記法68条)を添付すべきなのに承諾が得られない場合、所有権移転登記によって登記名義を得る手続きである(昭和36年10月27日民甲2722号回答)。
一方、寄託(登記研究326-71頁)、譲渡(登記研究491-107頁)、錯誤(登記研究541-137頁)、財産分割(昭和34年10月16日民甲2336号電報回答)は登記原因としては認められない。ただし、錯誤については抹消登記や更正登記の登記原因にはできる。
[編集] 原因の日付
- 原則
- 契約締結の日又は意思表示の日並びに審判等の確定の日などを日付とする。
- 特約等
- 当事者間で特約をすればそれに従う。例えば、売買代金完済の日を所有権移転の日とする特約をした場合、その日となる(登記研究446-121頁)。停止条件を付した場合、条件成就の日である(民法127条1項)。
- 売主が他人から所有権を得た日である(最判昭和40年11月19日民集19巻7号2003頁)。
- 財産分与
- 協議による離婚の届出前に財産分与の協議が成立した場合、離婚の届出の日となる(登記研究490-146頁)。
- 時効取得
- 時効の起算日であるというのが登記実務である(登記研究574-1頁)。起算日については争いがある。詳しくは時効取得を参照。
- 遺贈者・贈与者・所有者が死亡した日である(民法985条1項・554条)。
- 民法第646条2項による移転
- 登記申請日である(登記研究457-118頁)。
- 委任の終了
- 権利能力なき社団の代表者が交替的に変更した場合、後任者の就任の日である(登記研究450-127頁・573-124頁)。
- 特別縁故者不存在確定
- 民法958条の3第2項の申立て期間満了日の翌日又は申立てを却下する審判が確定した日の翌日である(平成3年4月12日民三2398号通達)。
- 真正な登記名義の回復
- この場合、登記原因の日付の記載は不要である(昭和39年4月9日民甲1505号回答)。
[編集] 登記申請人
- 原則
- 事実上の単独申請が可能な場合
- 民法第958条の3の審判の場合は特別縁故者の単独申請により(昭和37年6月15日民甲1606号通達)、審判や調停による離婚の場合は登記権利者の単独申請により、登記をすることができる(共に不動産登記法63条1項)。
- 遺言執行者の記載
[編集] 添付情報(一部)
- 原則
- 登記原因証明情報(不動産登記法61条・不動産登記令7条1項5号ロ)、登記義務者の登記識別情報(不動産登記法22条本文)又は登記済証及び書面申請の場合には印鑑証明書(不動産登記令16条2項・不動産登記規則48条1項5号及び同規則47条3号イ(1)、同令18条2項・同規則49条2項4号及び同規則48条1項5号並びに同規則47条3号イ(1))、登記権利者の住所証明情報(不動産登記令別表30項添付情報ロ)を添付する。法人が申請人となる場合は更に代表者資格証明情報(不動産登記令7条1項1号)も原則として添付しなければならない。
- 印鑑証明書に関する例外
- 一般承継証明情報(不動産登記令7条1項5号イ)の添付
[編集] 登録免許税
- 原則
- 不動産の価額の1,000分の20である(登録免許税法別表第1-1(2)ハ)。 なお、端数処理など算出方法の通則については不動産登記#登録免許税を参照。
- 例外
- 遺贈及び共有物分割の場合は不動産の価額の1,000分の4となる場合がある(平成15年4月1日民二1022号通達1-2、登録免許税法別表第1-1(2)ロ)。詳しくは遺贈及び共有物分割を参照。また、遺留分減殺については相続に準ずるとされているので、不動産の価額の1,000分の4である(登録免許税法別表第1-1(2)イ)。
[編集] 登記原因ごとの個別の論点
[編集] 贈与
[編集] 贈与全般
- 登記原因
- 保存行為の可否
- AがB・Cへ不動産を贈与した場合、AとBの申請によりCへの移転も含めた贈与全部の登記を申請することはできない(登記研究521-173頁)。
[編集] 負担付贈与
- 受贈者が未成年者の場合
- 未成年者が不動産の受贈者となる場合、原則として法定代理人の同意を要しない(民法5条1項ただし書)が、負担付贈与の場合は単に権利を得る法律行為ではないので、法定代理人の同意を要する(明治32年6月27日民刑1162号回答)。この同意を証する情報は添付情報となる(不動産登記令1項5号ハ)。
- 負担する行為の内容
- 法令上登記事項とはされておらず、登記申請情報とする必要はない。
[編集] 死因贈与
- 登記義務者の氏名の記載方法
- 遺言執行者がいる場合には「亡A」と、いない場合には「亡A相続人B」と記載するのが実務の慣行である。
- 代理権限証明情報(不動産登記令7条1項2号)の添付
- 遺言執行者がいる場合には、その資格を証する情報を添付しなければならない。具体的には、死因贈与契約書及び贈与者の死亡を証する戸籍謄本・除籍謄本である。この契約書が公正証書でない場合には、契約書に押印した贈与者の印鑑証明書か、相続人全員の承諾書(印鑑証明書を添付)を添付しなければならない。これらの印鑑証明書は発行後3か月以内のものである必要はない(登記研究566-131頁)。
- 一般承継証明情報(不動産登記令7条1項5号イ)の添付
[編集] 解除
- 登記原因
- 合意解除の場合は「合意解除」と、法定解除の場合は「解除」とするのが実務の慣行である。
- 抹消登記との選択
[編集] 代物弁済
- 登記原因
- 抵当権
[編集] 遺留分減殺
- 登記の種類
- 遺留分を侵害する遺贈・贈与の登記がされた後に遺留分減殺請求がされた場合、当該遺贈・贈与の登記を抹消することなく遺留分減殺を登記原因とする所有権移転登記をすることができる(昭和30年5月23日民甲973号回答)。
- 相続証明情報の添付
[編集] 財産分与
- 登記原因
- 離婚が協議・審判・調停のいずれによる場合であっても、登記の原因は「財産分与」でよい。
- 内縁への準用
- 離別による内縁解消の場合に財産分与の規定を類推適用することは承認し得るとした判例がある(最決平成12年3月10日民集54巻3号1040頁)。登記実務においても、「被告は原告に対し、年月日財産分与を原因として所有権移転登記手続をせよ」との確定判決正本を添付すれば、登記原因を「財産分与」とできる(昭和47年10月20日民三559号回答)。
[編集] 組合に関する出資等
民法上の組合における出資等の登記原因については、先例(平成3年12月19日民三6149号回答)が詳しく述べている。事例ごとの区分は以下のとおりである。
- 各組合員から組合契約による不動産の出資があった場合、「民法第667条第1項の出資」とする。
- 一部の組合員が脱退する際不動産を払い戻す場合、「民法第681条による払戻」とする。
- 組合が解散する際各組合員に不動産たる残余財産を分配する場合、「民法第688条第2項の分割」とする。
[編集] その他
[編集] 関連項目
[編集] 参考文献
- 香川保一編著 『新不動産登記書式解説(一)』 テイハン、2006年、ISBN 978-4860960230
- 「質疑・応答-5131」『登記研究』326号、帝国判例法規出版社(現テイハン)、1975年、71頁
- 「質疑応答-6526」『登記研究』446号、テイハン、1985年、121頁
- 「質疑応答-6568」『登記研究』450号、テイハン、1985年、127頁
- 「質疑応答-6675」『登記研究』457号、テイハン、1986年、118頁
- 「質疑応答-6762」『登記研究』464号、テイハン、1986年、117頁
- 「質疑応答-6976」『登記研究』490号、テイハン、1988年、146頁
- 「質疑応答-6980」『登記研究』491号、テイハン、1988年、107頁
- 「質疑応答-7060」『登記研究』504号、テイハン、1990年、199頁
- 「質疑応答-7181」『登記研究』521号、テイハン、1991年、173頁
- 「質疑応答-7348」『登記研究』541号、テイハン、1993年、137頁
- 「質疑応答-7491」『登記研究』566号、テイハン、1995年、131頁
- 「質疑応答-7526」『登記研究』573号、テイハン、1995年、124頁
- 登記申請実務研究会編 『事例式不動産登記申請マニュアル』 新日本法規出版、1997年
- 東京法務局不動産登記研究会編 『事項別不動産登記のQ&A150選』 日本法令、1999年、ISBN 978-4539716519
- 藤部富美男 「時効取得による登記の方法」『登記研究』574号、テイハン、1995年、1頁
- 法務局 「不動産を法定相続分のとおりに相続した場合の申請書の書式(オンライン庁)」 法務省 (PDFファイル)