水木洋子
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水木洋子(みずきようこ、本名:高木富子、1910年8月25日 - 2003年4月8日)は脚本家。映画監督の谷口千吉は元夫。
東京府東京市京橋区(現・東京都中央区京橋)出身。東京府立第一高等女学校(現東京都立白鴎高等学校)、文化学院出身。左翼劇場に出演する。
24歳で父を亡くしてから家族を支えるために脚本を執筆する。当初は舞台の脚本を書いていたが、戦争中はラジオドラマの脚本を中心に書くようになった。
戦後ロシア語の師八住利雄に映画の脚本を書くようすすめられ、1949年『女の一生』が映画デビュー作品となる。その後女性の視点から見たヒット作を多数書く。
没後、一切の財産を1946年から住んでいた市川市に寄贈した。旧宅は毎月第4土日に公開されている。2004年、市川市の名誉市民に選出された。
[編集] 主な作品
- また逢う日まで
- ひめゆりの塔
- 浮雲 (映画)
- ここに泉あり
- キクとイサム
[編集] 受賞
[編集] 外部リンク
脚本家水木洋子の世界 市川市役所
カテゴリ: 日本の脚本家 | 1910年生 | 2003年没 | 映画関連のスタブ項目