水筒
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水筒(すいとう)は水などの飲料を携帯するための容器である。かつては、水道や商店、自動販売機などが現代ほど配備されていなかったために、旅行や農作業だけでなく通勤や通学時など、お弁当と対を為すものとして日常的に用いられてきた。 また、個人用の物だけでなく、シルクロードの隊商が使っていたような、ひとつで数十リットル以上を運ぶ水袋や水樽なども水筒と言う場合もあるが、耐水容器であっても、保存のために作られた容器や酒瓶の類、フタの出来ない容器などは一般的には水筒と呼ばない。
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[編集] 歴史
古来は、ヒョウタン(瓢箪)や竹の筒のように、自然のままで容器として使える植物はもとより、動物の胃袋や膀胱を利用した革袋、木や紙で形成した器に漆を塗布することで耐水性を持たせた漆器類、木製品(小樽類)、粘土による陶芸品(陶磁器)など、その地域で入手可能な、様々な素材で作成されていた。珍しい物では、ダチョウのような大型の鳥類の卵に穴を空けて中身を吸い出した後、洗浄した殻を水筒として用いた例も有る。
むしろ竹やヒョウタンのように、採集したままで耐水容器となりうる都合の良い素材は稀であり、木材の接合部を蜜蝋や膠で密閉したり、漆や柿渋などの塗装によって水漏れを防ぐなど、液体を無駄なく運ぶために、水筒に用いる素材に対して世界各地で数々の工夫が行われていた。
アフリカ原産とされるヒョウタン類が、栽培植物として世界各地に広まったのは、食用としてよりも、ヒョウタンの耐水容器としての有用性が高かったからであり、同時に耐水容器に対する人々の需要がいかに強かったかを物語る一例とも考えられる。(ヒョウタンは自然乾燥させただけの状態では水が少しづつしみ出るので、長期間使用する加工品では柿渋などの耐水塗料による目止めと腐食防止のコーティングも行われていた。)
ただし、竹やヒョウタンでは大型の水筒を作成することが難しい(つまり、巨大なヒョウタンの実や非常に太い竹を作出する必要が有る)。また、ガラス瓶や陶器類は重いうえに破損の危険が有るので、水を失うことが生命の危険に直結するような、乾燥地帯の長旅には適さない。そこで、大量の水を持ち歩く必要性の有った乾燥地帯では、軽くて容量を稼げる革袋系の水筒が主流となっていた。
また、普通の革(表皮)で作った袋では毛穴や縫い目から水がしみ出るので、耐水性を持たせやすく、もともと袋としての形状を持っている胃袋や膀胱を利用して水筒を製作することが多かったようだ。
羊の胃袋で作った水筒に水ではなく乳を入れて運んだところ、たまたま胃袋の内部に残っていたレンネット(凝乳酵素)の作用によって中の乳が凝固し、史上初のチーズが偶然生まれたという伝説は有名である。
逆に、日本を含めて水の豊富なアジア地域では、一度に大量の飲料水を持ち歩く必要性が少なく、竹筒やヒョウタンのように、コンパクトで手軽な容器が多く利用されていた。ちなみに、英語圏では水筒に対してWater bottle(水-瓶)やWaterskin(水-革)といった表現が有るのに対し、日本では「水-筒」と呼ぶのは、竹筒を用いるのが一般的だったからだと言われている。
近代に入って各国で都市化と水道整備が進んでからは、もっとも大量に製造された水筒は個人装備の軍用品としてであり、登山などの野外スポーツで使用する水筒にも、軍用品やその派生商品を利用することが普通であった時代が長く続いた。各国の軍隊ごとに、様々なスタイルの水筒が用いられたが、初期にはブリキ製、後にはアルミ製の水筒が主流となり、キャンバスのカバーで覆われた金属製の水筒を肩や腰から下げるスタイルは、ごく一般的な兵士の装備であった。
ちなみに、金属製の水筒は頑丈であることに加えて、緊急時は直接火にかけてお湯を沸かすことも出来るので、戦場でのサバイバル装備として適している。中には、お湯を沸かしやすいように、水平に置いた時にヤカンの形状となるように工夫された水筒や、専用カップと固形燃料用の燃焼台などがセットになった水筒などもあった。
近年では軍用水筒も徐々にプラスティック製品へと移行しつつあるが、長年の実績と、火にかけられると言うメリットを持つ金属製水筒も未だ健在である。
他に魔法瓶のうち、とくに携帯性を考えてあるもの、あるいは単に魔法瓶を指して、広義に水筒と言うこともある。
[編集] ペットボトルとの競合
日本では自動販売機とコンビニエンスストアの拡大に伴って、全国何処でも容易に手に入るペットボトルが水筒の代替として使用されることが増えており、製品としての水筒が使用される機会は減少している。ペットボトルを持ち歩く際は、別売の専用ストラップに下げて携帯したり、ペットボトルカバーやタオルなどに包ませて保温性(保冷性)を高めて使用することがあり、ペットボトルを水筒として利用する事を前提とした関連商品も各種開発されている。
また、逆にペットボトルに馴染んだ世代に向けて、あえて外観をペットボトルと似せた「直飲ボトル」と呼ばれる魔法瓶タイプの水筒も販売されている。これは、従来の魔法瓶のように一旦カップなどに中身を移して飲むのではなく、普通の水筒やペットボトルのように、直接口を付けて飲みやすいように作られていることから来た名称である。 余談であるが、直飲タイプの魔法瓶水筒が「コールドドリンク専用」となっているのは、使用しているプラスティック部品の耐熱温度よりも、無分別なユーザーが熱い飲み物を直接のどに流し込んで口腔内を火傷する危険を避けるためである。このため、ホットドリンク兼用の魔法瓶水筒は、口にくわえるタイプの飲み口は付けずに、縁から飲むマグカップタイプとしている事が普通である。
ペットボトルとサイズを共通化した水筒は、自動車用のドリンクホルダーを始め、前述の関連商品などの利用環境を共有出来るため、メリットも多い。
[編集] 現在
現代の水筒は、主にアルミ、各種のプラスチック(ポリカーボネートなど)、ステンレス、さらにチタンなど、軽くて強度のある材料で作られている。
スポーツ医学の発展に伴って、かつての「水を飲むとバテるから練習中はのどの渇きを我慢する」といった根性論によるトレーニングが廃れ、熱中症などの危険を避けるためにも、のどの渇きを覚えた際には、出来るだけすみやかに水分を摂取して脱水症状を防ぐべきだという考え方が主流になっている。これに伴い、運動中に常に飲料を携帯する容器として水筒の重要性が見直されるようになった。
市民マラソンなどのスポーツイベントの場においては、片手に自前の水筒(スポーツボトルなどと呼ばれる)を持ちながら走っているランナーの姿を、多く見ることができる。
また、1990年代頃より登場した、フィルム状の柔軟な高性能プラスティックで作成された水筒は、かつての「水袋」や「ビニール袋」のイメージとは異次元の物であり、柔軟でありながら強度も高く、滅多なことではパンクしない。しかも高温にも強く、消毒などのために煮沸もできる。使用しない時には平らに潰したり折り畳んだりしてコンパクトに運ぶことができ、非常に軽量でも有るので、登山など装備の小型軽量化を重視するアウトドアスポーツでは、瞬く間に主流となった。
さらに、これらの柔軟なプラスティックフィルムの大容量水筒を背中のバックパックの中に収め、口元まで伸びるドリンキング・チューブを装着することで重い水を運ぶ負荷を軽減させ、かつ、動きながらでも即座に水を飲めると言う「ハイドレーション・システム」へと進化しており、トレイルランニングのように、長時間にわたって運動量の高いスポーツでは多く利用されている。
[編集] 水筒の復権
昨今では健康上の観点から、多量の糖分が含まれているスポーツドリンクや保存料の入っているお茶などのペットボトル飲料を避けて、水筒に自前の水やお茶を入れて持ち歩く人も増えてきている。
また、野外に遺棄されたペットボトルをはじめ、使い捨てを前提としたペットボトルによるゴミ問題が、社会的に大きな課題となっている。
飲み終わったペットボトルの回収>リサイクルが推奨され、リサイクルしたペットボトルから製造した繊維で衣料品を製作するなど、環境負荷を減らす有意義な活動も多く行われているが、こうした試みの多くは、一部の自治体や環境意識の高い企業の自主性に負う部分がほとんどで、社会全体としてペットボトル資源を無駄なく循環活用する状況には至っていない。
省資源/省エネルギーの観点からは、リサイクル以前に、リデュース(そもそもの利用量を減らす)、リユース(何度も再利用する)を可能な限り図ることが重要であり、いかにリサイクルしても、大量生産/大量消費を続けていては抜本的な解決にはならない。
かつてのガラス製飲料ボトル(ビール瓶やサイダー瓶など)は、水筒としては利用できなくとも、徹底的なリユースが行われていた。ペットボトルの場合は、水筒としてリユースされるとしても殆どが一時的な物であり、一つのボトルを何年もの長期間にわたって使用することはまずない。
そうした観点から、外出先で安易に飲み物を買って缶やペットボトルを消費するのではなく、昔のように自分の水筒(マイボトル)に飲み物を詰めて持っていくことの意義が再認識されつつある。