無段変速機
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無段変速機(むだんへんそくき) と呼ばれる (変速比)連続可変トランスミッション (Continuously Variable Transmission: CVT) は、歯車を用いず、摩擦に依って変速比を連続的に変化させる動力伝達機構である。一般にはオートバイや自動車用の自動変速機の一種を指す。
摩擦力を介して動力が伝達されるため、一般に大きなトルクの伝達が難しいとされ、古くはオートバイ(なかでもスクーター)などの小排気量エンジンと組み合わされ普及した。自動車用では、許容トルクの問題から、小型車向けの方式と見られてきたが、金属ベルトの改良により、1990年代後半以降は、排気量2000cc超の中型・大型車にも採用されるようになってきた。
この項では主に自動車用無段変速機について詳述する。
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[編集] 概要
21世紀初頭時点で、一般に実用化されているCVTには、ベルト式CVTとトロイダルCVTの2種類が存在する。前者は比較的低トルクエンジンで軽量な車種に、後者は高トルクエンジンの重量車に用いられる。
後者にはさらに、日産が、日本精工(NSK)、出光興産と共に開発、1999年に発表した「ハーフトロイダル式」と、イギリスのトロトラック社が光洋精工と共に開発し、2003年に発表した「フルトロイダル式」とがある。両者の違いは、入・出力ディスクとそれに挟まれたパワーローラーの接し方の違いであり、強制スリップがほとんど無い、球面ローラーのNSKのハーフ型が伝達効率が高く、理想に近いとされる。対する光洋精工・トロトラック側は、パワーローラーの厚みを抑えることで、強制スリップのジレンマを軽減してはいるが、いまだ開発途上にあり、製品化はされていない。しかし、一方のNSK・日産のハーフトロイダルCVTは、有望視されながら、コスト面から生産を終了してしまった。
基本的にはこの構図に変わりはないものの、日産自動車は、大トルク、重量車に対応可能なベルト式の「エクストロニックCVT」の開発に成功しており、3.5L級エンジンまではベルト式の守備範囲となったため、トロイダル式はさらにそれ以上の排気量の乗用車や、大型バス、トラック用として開発が続けられることになった。
[編集] 長所と短所
[編集] 長所
- 理論上は効率の良い変速機と考えられている。
- 同じトルク許容量の場合、在来型の遊星歯車式自動変速機(以下「遊星歯車式AT」)よりも若干軽量となる。
- 変速比の連続可変が可能であり、走行中のあらゆる状況において、エンジン効率の良い回転域のみを使う変速比が設定できるため、エミッション、燃費のいずれも改善できる。
- 変速中の衝撃(変速ショック)が無い。乗り心地の改善、エンジンへの負荷減少につながる。変速機の頻繁な作動でエンジン回転や車の挙動の振幅が激しくなる状況(俗に「ビジーな状態」と表現される)は起こりにくい。
[編集] 短所
- 機械的駆動ではなく摩擦に頼る部分の多いことが弱点となっており、動力損失の原因にもなっている。以下に挙げられるような課題が多く、伝達効率が改善された遊星歯車式ATに対して、現状での優位性は顕著とは言えないことから、普及は進んでいるものの、市場の大勢がCVT主流となるまでには至っていない。
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- 効率・信頼性
- 変速機内での摩擦、およびその摩擦力を発生させるための油圧装置による動力損失が大きく、仕組み全体の伝達効率はマニュアルトランスミッションよりも劣っている。
- 在来型の遊星歯車式自動変速機に比べ、ノウハウの蓄積が少ないことから、絶対的な耐久性・信頼性が確立されていない部分がある。
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- 操縦性・静粛性
- CVT車には、エンジンの回転数と車の速度とが直線的な関係にならないなど、マニュアルトランスミッション車、在来型AT車とは異なった特性がある。このため、従来のトランスミッションに慣れた運転者は、CVT車の運転感覚に違和感を覚えることもある。
- ベルト式の場合、走行時に金属的な音(セミが鳴いているようなと表現される場合もある)が生じる。静粛性の面で不利になる。
- 近年は改善されつつあるが、特に小排気量車の場合、加速時の反応ではいまだ遊星歯車式AT車に劣る。
- 初期型のCVT車には、エンジン-CVT間の動力伝達に遠心クラッチや電磁クラッチが用いられており、クリープしなかったことから、微速走行時にはマニュアル車以上にアクセル操作が難しかった。現在は遊星歯車式AT同様にクリープ用トルクコンバータを備えた機種が増えており、摩擦クラッチを用いた一部機種でも電子制御多板クラッチを用いて疑似クリープが発生するように制御されている。
[編集] 歴史
古典的な無段変速機としては2枚の円盤を直角に組み合わせ、その円盤の摩擦力により駆動を伝えるフリクションドライブが存在し、20世紀初頭から定置工作機械や、小型の自動車やガソリン機関車などに用いられた。構造は簡単であったが、容積が大きく、空転による動力損失が多いことから、第二次世界大戦以前に廃れた。
[編集] ベルト式CVT
ベルトと可変径プーリーを組み合わせ、ベルトの張力により駆動を伝える無段変速機は、20世紀初頭から存在していたが、当初は伝達できるトルクが小さく、ベルトの耐久性も不十分であったため、スクーターなどの低出力のエンジンを搭載した車両に用いられるのみであった。
自動車でこの方式を本格的に採用した最初は、オランダのDAF社で、自社で開発したゴムベルト式無段変速システム「ヴァリオマチック」を、遠心式クラッチと組み合わせ、1958年に発売した小型車「DAF600」に搭載した。
[編集] スチールベルト式CVT
その後1970年代に、DAF社出身のオランダ人ファン・ドールネ(Van Doorne バン・ドーネとも)が耐久性の高いスチールベルト式CVTを開発、DAFを買収したしたボルボがオランダ(旧DAF)工場で生産した66に採用された。
ファン・ドールネ式CVTは、1980年代以降、フィアット、ローバーをはじめとした欧州メーカーや、日本の富士重工業のECVTや日産のNCVTに採用されて小型車に普及し、CVTの代表的方式となった。
ファン・ドールネ式のCVTベルトは、強靱な特殊鋼数枚を重ね合わせて形成したスチールベルトに、やはり金属製の「コマ」をびっしりと填め込んだものである。プーリーからの駆動力は、隣り合ったコマからコマへの圧力として伝達され、スチールベルトは従属的なガイドとして動作する。ゴムベルト式CVTと決定的に違うのは、ベルトの張力ではなく、コマを押すことによる押力により駆動を伝えることである。
類似した方式に、大手自動変速機メーカーのボルグ・ワーナーによるチェーン式があったが、こちらは一般化せずに終わっている。
スチールベルト式CVTは、当初は遠心式クラッチや電磁式クラッチと組み合わせる方式が主流であったが、信頼性や操作性においてやや難があった。
1990年代後半以降は、スチールベルト式CVTを、ロックアップクラッチ付のトルクコンバータと組み合わせる手法が主流になりつつある。トルクコンバータを使うと、在来の遊星歯車式自動変速機同様、クリープ現象を得やすいというメリットがある。
[編集] トロイダルCVT
フリクションドライブを高度に発展させた形態で、入力側と出力側の2つのディスクの間に強い力で挟まれたパワーローラー(コマのようなもの)の傾斜を変化させることによって可変変速比を得るものである。極めて高い圧力の下で摩擦と潤滑を両立させての精密作動が要求されるため、実用化は極めて困難であった。
日本精工が開発に成功し、専用オイルを開発した出光興産の協力もあって、1999年に日産自動車が最初の市販車として(セドリック、Y34グロリア)に搭載、その後V35スカイラインGT-8にも搭載される。また、日産ではこのCVTをエクストロイドCVTと呼んでいる。しかし、日産以外のメーカーには供給されることは無く、当の日産においても、2005年に生産が終了している。なお、エクストロイドCVTの生産が終了した日産は、メルセデスベンツに対し、エクストロイドCVTの技術を提供した。
[編集] 電気式無段階変速機
1997年、トヨタ・プリウスのトヨタ・ハイブリッド・システム(THS)に市販車として初めて搭載されたCVTシステムで、一般にE-CVTまたはECVT(Electronically-controlled CVT)と呼ばれ、トヨタの商標名はエレクトロマチックである。
このシステムはエンジンと車輪の間の駆動力増幅を、一般的な機械式減速機構ではなく、電気制御で連携させた発電機と電気モーターを用いて機械式の無段変速機と同様な動力伝達機能を得ている。
トヨタ・ハイブリッド・システム(THS)に用いられている電気式無段階変速機は、エンジンと発電機、および車軸に直結したモーターを遊星歯車を用いた動力分割機構で結合し、バッテリーを動力源とするモーターと燃料を動力源とするエンジンの協調動作により、必要に応じてエンジン単体では供給できないような大きなトルクを取り出すことが可能になっている。
さらにTHSは改良を続けられ、2001年、機械的なCVTを組み合わせたTHS-Cがエスティマハイブリッドに搭載されている。またTHS自体も、現在ではモーターの出力を上げ、エンジンとモーターの相乗効果を強化したTHSIIが実用化されている。
このシステムのメリットとして、クラッチやトルクコンバータ、変速ギアが必要ないため、機械的に見て構造がシンプルな事が挙げられる。しかしデメリットとして、巡航時にでさえ、発電機での電力変換ロスをしながら走らなければならない事が挙げられる。
[編集] その他
CVT車のうち、スポーツ志向のあるモデルの中には、電子制御プログラムにより変速比を数段に分けることで擬似的に6段から8段といった変速段数を設定し、セミオートマチックトランスミッションの様に変速比手動選択を可能とした例もあるが、CVT本来の効率性追求とは相反する機能であり、もっぱら趣味的・オプション的な傾向が強い。
油圧式無段変速機(HST)では、油圧ポンプで作った油圧を、油圧モーターで回転運動にする事で、無段変速を行っている。
油圧-機械式トランスミッション(HMT)では、HSTに加え、ピストン油圧ポンプを回すトルクをピストン油圧モーターに伝える事で変換効率を上げている。ホンダでは1991年にモトクロス全日本選手権レースでシリーズチャンピオンを獲得した。
1990年代初期にはF1マシンに無段変速機を搭載することが一部のチームで検討され、実際に試験走行が行われた。通常のトランスミッションを持つマシンよりもサーキット1周回に付き数秒は速くなったという。その際のCVTは市販車用として開発中のものが使われた。耐久性に関してはF1用としても予選、本戦併せて数時間ならば大丈夫であると予想されていた。CVTの耐久性よりも、常にエンジンが最高出力付近で使われる(使える)ためにエンジンの方の耐久性の方が心配されたという。結局はレギュレーションで規制され、実戦には投入されなかった。
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