熊沢重文
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熊沢 重文(くまざわ しげふみ、1968年1月25日 - )は、日本中央競馬会(JRA)の騎手である。栗東所属で現在はフリー。愛知県出身。現在JRA通算842勝。JRAにおける表記では「沢」を使用しているが、熊澤重文が正しい[1]。
[編集] 来歴
1986年に内藤繁春厩舎所属で騎手デビュー。同期に横山典弘、松永幹夫などがいる。1986年3月2日阪神競馬7競走でジュニヤーダイオーで初騎乗(5着)。同馬で初勝利を挙げる(3月29日阪神競馬第8競走)。デビューの年は30勝を挙げた(同期の松永幹夫は40勝、横山典弘は8勝)。
3年目の1988年に優駿牝馬(オークス)でコスモドリームに騎乗し、初の重賞勝ちをGIで飾る。元々同馬は当時新人の岡潤一郎(故人)が騎乗していたが、岡がGI競走に騎乗するための勝利数(31勝)に達していなかったため、急遽熊沢が騎乗する事となったものである。ちなみにこの日が東京競馬場で初めての騎乗だった。1991年にはダイユウサクで有馬記念を制覇。
他にも1996年CBC賞を勝ち、スプリンターズステークスではわずか1cmの差で涙を飲んだ快速馬エイシンワシントン、後にパートナー交替となるが、ステイゴールドの主戦騎手でもあった。また、熊沢が勝つと馬券が荒れることから、ファンの間では「穴熊」とも言われている。
また「最も取りたいレースは日本ダービーと中山大障害」と公言しているように、障害競走にも積極的に騎乗している。1999年、2000年、2002年、2004年にJRA賞(最多勝利障害騎手)を獲得し、通算500勝、800勝は障害競走で記録している。
2005年12月4日、テイエムプリキュアに騎乗し阪神ジュベナイルフィリーズに勝利。ダイユウサク以来14年ぶりのGI制覇となった。
平地・障害どちらもトップジョッキーと言われるレベルにあるが、一部のファンの間では「熊沢は障害を勝ったらメインは消し」と言われている。要はその日にある障害競走を勝ったら同日のメイン競走(主に第11競走、重賞が組まれることが多い)で好勝負できないというジンクスがある。