特殊指定
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独占禁止法の特殊指定(とくしゅしてい)とは公正取引委員会(公取委)が特定の事業分野における不公正な取引方法を具体的に指定して規制する制度である。
2007年現在、新聞、物流、大規模小売業の3分野で指定されている。
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[編集] 概説
詳細は独占禁止法を参照
独占禁止法では事業者が不公正な取引方法によって取引することを禁じている。しかし、不公正な取引方法の条文は抽象的・一般的であるから、具体的にどのような行為が不公正な取引方法に該当するかを判断するのは通常困難である。そこで、独占禁止法の運用に当たる公取委は、告示によって具体的な行為類型を指定することで不公正な取引方法の内容を明確にすることができる。この指定の内、
- すべての事業分野において適用される指定を一般指定
- 特定の事業分野において適用される指定を特殊指定
と言う。
特殊指定と一般指定が共に指定されている場合、その関係は法文上は明確ではないものの、一般的な解釈では重複して適用されるとする。しかし一部には、特殊指定のみが適用されるとする説もある。(後述)
指定にあたっては、指定の対象となる行為が不公正な取引方法の要件を満たしている必要がある。また、関係事業者の意見を聴取し、公聴会を開催することが義務付けられている(廃止時には義務付けられていない)。
特殊指定の利点としては、
- 適用を受ける事業者の範囲を明確にできること
- 不公正な取引方法として違法となる行為類型を具体的に規定できること
- 公聴会によって各方面の意見を広く聞くことができること
などが挙げられる。
[編集] 主な特殊指定
2006年現在、特殊指定が存在している事業分野は次の通り。
- 新聞(1955年指定)
- #新聞特殊指定を参照
- 物流(2005年指定)
- 荷主による下請運送業者への運賃買いたたき行為を禁じている。
- 大規模小売業(2005年指定)
- 大規模小売業者による納入業者への不当な返品・値引き等を禁じている。
過去に特殊指定が存在していた事業分野は次の通り。
- 教科書(1956年指定、2006年廃止)
- 教科書採択に際しての利益供与を禁じた。採用手続が整備され取引実態も変化しており利益供与の恐れは減っていた。
- 海運(1959年指定、2006年廃止)
- 海運同盟(海運業者間のカルテル。独禁法適用除外)非加盟事業者や荷主への各種妨害行為を禁じた。非加盟事業者の増大や取引実態の変化により海運同盟の実施は困難になっていた。
- 食品缶詰・瓶詰(1961年指定、2006年廃止)
- 内容表示を正しく行うよう求めた。景品表示法等と規制範囲が重複していたため、運用実績に乏しかった。
- オープン懸賞(1971年指定、2006年廃止)
- 懸賞金の金額を制限していた。
[編集] 新聞特殊指定
新聞特殊指定、正式には公正取引委員会告示「新聞業における特定の不公正な取引方法」では、次のように定めている。
- 新聞社が地域又は相手方により多様な定価・価格設定を行うことを禁じる。(但し、学校教材用や大量一括購入者向けなどの合理的な理由が存在する場合を除く。)
- 新聞販売店が地域又は相手方により値引き販売を行うことを禁じる。(※上記のような例外は無い。)
- 新聞社による押し紙行為を禁じる。
これによって新聞は都市部から僻地まで全国一律価格となっている。 ただこれは新聞社が長期購読者向け割引、口座振替向け割引、前払い向け割引、学生・高齢者向け割引など多様な定価を設定することを禁じる趣旨ではない。
同様に一物一価を定めている再販制度との違いは、次のような点にある。
- 再販制度は、独占禁止法の例外として許容されているに過ぎないので、新聞社・販売店間の合意によって割引販売が可能である。(禁止の例外)
- 新聞特殊指定は、法によって原則として定価販売が強いられる。(強制)
特殊指定は新聞社が新聞販売店に対しテリトリー制や専売店制を強要することを可能にしているとの説がある。それは次のような内容である。
- 一般指定によれば、排他条件付き取引(11項)や拘束条件付き取引(13項)は不当な場合は違法であるから、これに該当するテリトリー制や専売店制を強要することは違法である。
- しかし、特殊指定と一般指定が共に指定されている場合には、特殊指定のみが適用されるから、一般指定は適用されない。
- よって、新聞業におけるテリトリー制や専売店制の強要は違法ではない。
(ただし2. の主張は通らない、とするのが通常の解釈である。)
[編集] 沿革
戦後の混乱期、紙の統制令が撤廃されると新聞の拡販競争が激化し、景品による顧客獲得競争が異常なほどに加熱した。特に読売新聞は景品の取り締まりに反対しつつ、大阪に進出するに際して景品に多額の予算を投じて顧客を他社から奪う作戦に出るなどしたため独禁法違反で提訴されている。そうした混乱の中で業界内で規制を求める声が高まり、新聞には1953年に再販制度が、1955年には特殊指定が適用された。
1990年代に入ると、メディアの多様化、インターネットやフリーペーパーの登場など、以前とは新聞を取り巻く環境は変化しており、特殊指定の意義も無くなりつつあるため、見直しの対象となっている。1999年には一部を改正して多様な定価設定を可能とした。2005年には廃止を視野に見直しに入ったが、新聞業界の猛烈な反対を受けて頓挫している。
2006年に成立した安倍内閣では、与党自民党の新聞販売懇話会会長代行の中川秀直が党の重職たる幹事長に就任、特殊指定廃止に反対していた「新聞特殊指定に関する議員立法検討チーム」の座長を務めた高市早苗が閣僚入りしており、今内閣で特殊指定が廃止される可能性は低いと見られる。
[編集] 議論
近年規制緩和の流れを受けて、新聞特殊指定の廃止を含めた見直しが議論されている。
これに対し新聞業界は廃止されると次のようになると主張している。
- 競争の結果戸別宅配網が衰退し、多様な新聞を選択できる機会を奪い、市民の知る権利が損なわれる。
- 僻地では宅配が困難になる。
この意見には以下のような反論がなされている。
- 再販制度は販売方法の問題であり、「知る権利」や「言論の自由」とは別次元である。
- 新聞には再販制度があるため価格がある程度保たれ、個別の販売店が倒産しても別の販売店が参入でき、宅配網も維持される。
- 僻地ではそもそも併売店がほとんどで競争が無い。
- 販売店による宅配を行わない地域があり、郵便(第三種郵便物)によって宅配されている。
また公取委は、
- 特殊指定が新聞について多様な定価設定を行わない口実に使われている恐れがある。
- 独禁法に定める範囲を越える過剰規制になっている恐れがあり、消費者利益を害する結果をもたらしている
- 新聞には再販制度が適用されていることから、販売店間の価格競争を回避したいのなら、新聞社と販売店間の再販契約を利用すべき。
などの理由から、指定をこのまま維持する理由は無いと述べている。
[編集] 政界の動向
- 自由民主党は新聞販売懇話会(会長代行・中川秀直 事務局長・山本一太)やその下部組織である「新聞の特殊指定に関する議員立法検討チーム」(座長・高市早苗)を設置し特殊指定維持のため公取委に圧力をかけている。が、新聞社や新聞販売店で組織する日本新聞販売協会の分身である日販協政治連盟から多額の献金を受けている者もおり、業界の既得権益を議員が献金をもらって守っていることに対して、新聞の公正な報道の観点などから疑問を投げかける声も強い。
[編集] 廃止の効果
特殊指定は一般指定と排他的に適用されるとの解釈に従うなら、新聞特殊指定を廃止した場合、次のような事態になると考えられる。
- 新聞業には一般指定が適用されるようになる。
- 一般指定によりテリトリー制や専売店制の強要が違法となり、やる気のある販売店では販路の拡大や合売店への移行が可能になる。
- 合売店ではあらゆる出版物の販売委託ができるようになる。恐らく既存のミニコミ紙やフリーペーパーなどが委託するだろう。販売店にとっては複数紙でも配達の手間はあまり変わらないので、委託が増えるほど収入が増える。新聞社は競争により定価を下げざるを得なくなる。
- 収入が増えた販売店は販路を拡大し、販売店間の競争が激しくなる。
- 最終的には以下のようになる。
- 新聞社側では、新規参入が現れて競争が激化、販売価格が下がる。
- 販売店側では、販路の広い店が複数紙を合売する体制となる。
- 消費者側では、新聞の選択肢が増え、購読価格も下がる。
[編集] 実態
- 2006年5月14日、インターネットメディア『マイニュースジャパン』に「購読料のほかに配達料をとられている」という記事が掲載される[1]。
- 各地で販売店が新聞社に対して押し紙に関する訴訟を起こしている。
- 勧誘の現場では契約を優位に進めるため数ヶ月間の無料サービスを条件提示するなど実質的な値引き販売が横行している。[2]
[編集] 脚注
- ^ 新聞料金、17年も上乗せ徴収の事実 特殊指定「同一価格」の嘘
- ^ 詳細については、「新聞拡張団」、「新聞配達の営業」も参照。