生田敬太郎
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
生田敬太郎(いくた けいたろう、1948年 - )は、千葉県出身のフォークシンガー、ブルース歌手。
1971年生田敬太郎とマックス名義でエレックレコードから三保敬太郎プロデュースのファーストアルバム『この暗い時期にも』でデビュー。同様にセカンドアルバム『24+37』をリリース。
泉谷しげる、古井戸、ピピ&コット、佐藤公彦、とみたいちろう、海援隊らと、唄の市コンサートに出演。細野晴臣を迎えてサードアルバムをリリース。 子供向け番組ひらけ!ポンキッキの「およげ!たいやきくん」のオリジナル歌手でもあった(ひらけ!ポンキッキでは生田は他に「おとなもなやみがあるんだな」を歌っている)。 1975年『凱旋』を発表。
1976年、なぎら健壱が友人たちを集めてレコーディングしたライヴアルバムに、タモリ、友部正人、高田渡、斉藤哲夫、渡辺勝、大塚まさじらと参加。また、後輩の海援隊が、ファースト収録の「僕の唄」を『誰もいないからそこを歩く』(1980年)でカヴァーしている。また、1990年代後半から本格的に活動再開して旧知の斉藤哲夫との連名アルバム『生田敬太郎 斉藤哲夫』を発表。ライヴ活動も再開。
[編集] 関連ミュージシャン
カテゴリ: 日本のフォーク(ポピュラー音楽) | 日本の歌手 | 1948年生 | 千葉県出身の人物